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心と社会 No.120 36巻2号
巻頭言

認知症の早期発見

大森 健一
( 滝澤病院理事長 )

 2004年の暮れの12月24日、厚生労働省より各行政機関に次のような趣旨の通達がおくられた。それは既に設置されていた「『痴呆』に替わる用語に関する検討会」の報告を踏まえ、医学上の使用は別として、今後痴呆という用語はその使用を取りやめ認知症という言葉に置き換えるというものであった。

確かに痴呆という用語は痴漢、痴情などの用例にみるように「おろか」「狂う」という意味を有し、呆は「阿呆」などと用いるように「ぼんやり」していることを指し、よく考えるとひどい言葉である。この高齢化社会の現状にあっては「痴呆」という言葉は、学術用語として止まることなく一般市民の間でも日常語として用いられている。この様な現状を考えるとき、「痴呆」という術語は誤解と偏見を招きがちだという指摘はもっともなことだと思う。

一方で痴呆状態に接する機会も多く、それゆえその内実をより正確に理解しているであろう老年精神医学会の会員は、アンケート調査に対して、痴呆という用語に差別や偏見を持たないと答えたものが多数を占めたという。この結果もまたむべなるかと思うのである。

さて、日本は世界に冠たる超高齢化社会に急速に移行した。相対的、絶対的にも高齢者は増加し、現在17%の高齢化率は将来30%を超すことが予測されている。それに伴い、当然のこと認知症を呈する人々も増加する。現在日本全体で約180万人の認知症の高齢者が存在するが、高齢者が3500万人とピークを迎える20年後には、323万人に達すると予測されている。

したがってこの認知症を持つ人々に対する医療・福祉対策はますますその重要性を増し、それに伴う困難も当然予測されるところである。その解決策の1つとして認知症の早期発見が挙げられる。

アルツハイマー病に代表されるように、現段階では認知症の治療は困難である。しかしさまざまな癌性疾患の早期発見が推奨されているように、認知症においても同様早期発見が図られるべきであろう。

認知症が早期に発見できれば、以下のようなメリットが考えられる。

その一つは認知症に対する医学的治療、ことに薬物療法の効用である。認知症のなかでもこの手段の乏しい一次変性疾患の代表であるアルツハイマー型痴呆に対しても、現段階ワクチン療法までを含めてさまざまな薬剤が研究・開発されつつある。確かにわが国で認可されている抗痴呆薬のドネペジルはアルツハイマー型痴呆の根治薬ではないものの、早期に服用することによって痴呆の進行を遅らせることができる。一方脳血管性痴呆などは適切な治療により認知症のそれ以上の進行を抑制できる可能性がある。

第二は認知症を早期の段階で治療に導入することによって、非薬物療法、たとえばメモリートレーニングや回想法、あるいは音楽、絵画、習字、俳句、舞踏などの芸術療法や行動療法の効果がより期待できる。

第三は認知症を早期に発見することによって、その段階ではまだ本人に判断能力が残されており、本人、家族とも相談することによって、生活の質をできるだけ下げない工夫ができ、それは介護の負担をより少なく済ませる状況にも繋がる。

さらに最近整備された成年後見制度や地域福祉権利擁護事業、その他の援助を自分の判断で選択できるということは、認知症を持つ人々の自立性、尊厳を保つという点でも重要である。

確かに認知症は脳の器質的障害によって出現する臨床症状であるが、脳の病変はその症状の出現に先立って存在していると考えられる。この段階での発見は現状では困難であるが、それに少しでも近づきたいと努力したのが、昨今話題になっている軽度認知障害、MCI(mild cognitive impairment)の概念であろう。記憶の障害はその年齢の人々の水準よりやや高度であるが、それ以外の見当識、理解力、判断力の障害は目立たず、MMSEなども正常範囲に止まる状態である。しかし追跡調査をすると3年で約半数がアルツハイマー型痴呆に陥るという。この概念にはまだまだ不明瞭な点も多いが、確かにこの段階からのフォロー、治療的関与が望ましい。

以上の早期発見、早期予防の視点からであろうが、日本の数箇所の地域で認知症検診が試みられている。十分な成果が挙がっているとの報告にはまだ到っていないが、その努力は評価されるべきと思う。

この早期発見、早期対応を推進するにあたっては、老人性痴呆疾患センターや精神保健センターなどの相談体制の整備、老人保健事業や介護保険制度などのサービス提供体制の発展、「もの忘れ外来」など医療提供体制の充実などが考えられる。それに加えて最も重要なのは社会における認知症に関する理解の度を深めることであろう。その一つは地域住民が認知症に対して自ら取り組めるよう、正しい知識の普及に努力することである。もう一つはかかりつけ医あるいは地域の開業医に医師としての立場から専門的理解を深めてもらうことである。

今日、われわれ日本精神衛生会にとってもその普及活動に積極的にかかわることが、他の活動に加えて大切な使命の一つでないかと認知症の臨床現場に携わりながら考えている。


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