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心と社会 No.137 40巻3号
巻頭言

日本不安障害学会の誕生

久保木富房
(東京大学)

45年前、筆者が学生のころ分裂病(統合失調症)、うつ病(気分障害)、そしててんかんが3大精神病と言われていた。その後、Mental disorder全般に軽症化や身体化の現象が指摘されてきた。この現象は進行しているように見える。社会状況や環境の改善が好影響となっているのか、また脳科学の進歩や抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬などの改良、開発が貢献しているのか、認知行動療法に代表される心理療法の確立やMental disorderに対する社会一般の理解や支援が進展したのか、まだ全ての関連は解明されていない。

最近の国内国外の動きを見ていると、うつ病(気分障害)と不安障害のウエイトが増大し、多くの研究者や臨床家の注目を集めている。WHOはDALY(Disability Adjusted Life Years:障害調整生存率)を用いて算出した疾病による負荷を5年ごとに報告している。2005年、世界における健康な生活を阻害する要因としてうつ病が3位に入っている。ちなみに、日本、米国、英国など世界50カ国の高所得国に限るとうつ病は1位となっている。また、3年前の米国のデータでは、うつ病関連医療費が年間5兆円、不安障害が6兆円と言われている。不安障害に関しては、1960年代に精神薬理学や神経生物学的な研究の進歩によって、パニック発作が乳酸、CO2、カフェインなどによって誘発されること、D.Kleinによって抗うつ薬イミプラミン(トフラニール)がパニック発作を抑えることが証明された。さらに最近、認知行動療法の有効性が脳画像上の変化として確認された。

我が国における不安障害の研究、臨床は森田正馬から始まったと言われる。その後、多くの研究が進められてきたが、その中で筆者は特に山下格と笠原嘉の名を挙げたい。現在、国際的にSAD(Social Anxiety Disorder:社会不安障害・社交不安障害)という概念で関心を集めている病態について、我が国から重要な情報を発信した。その後の世代では、高橋徹、山内俊雄、藤井薫、竹内龍雄らが不安障害、特にPanic Disorderに強い興味を持って活躍した。この4名は1990年にスイスのジュネーブで開催された世界パニック障害会議に日本代表として出席した。その他にも、広瀬徹也、貝谷久宣、筆者、故花田耕一、佐藤啓二、田島治らが参加していた。

このころは治療薬としてのアルプラゾラムが話題の中心であった。また、この研究者のグループは不安、抑うつ臨床研究会という集まりを形成した。

その後、PDの研究も進みSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が有効なこと、Gormanらの神経解剖学的仮説などが発表され、2001年以降我が国でも広くPDに関心がもたれた。そのような流れもあり厚生労働省研究班が発足した。班長は筆者で、第2代班長が熊野宏昭であった。2005年ごろよりこの不安・抑うつ臨床研究会と厚生労働省研究班が合流して日本不安障害学会という活動を模索した。2007年には全国150名の賛同者が得られた。日本不安障害学会は2007年10月26日、東京大学学士会館分館に発起人25名が集まり設立することがようやく決定した。発起人会は山田和夫議長のもとに、筆者が理事長、貝谷久宣が第1回創立記念総会の会長に選出された。臨床医学、臨床心理、基礎医学、社会精神医学など広い分野から会員を募り、評議員116名、理事25名、顧問5名で構成される学会が設立された。

第1回日本不安障害学会創立記念総会及び学術大会は2009年3月27日〜29日に早稲田大学国際会議場およびリーガロイヤルホテル東京で開催された。プレナリーレクチャーとしてパニック障害生みの親ともいうべきドナルド・クランイン(D.Klein)が「パニック障害概念の誕生と今後」というテーマで講演された。講演の中で彼は、パニック障害の患者に抗うつ薬のイミプラミンを投与し、有効であることを偶然に発見したという。それは病棟の看護師長が彼にイミプラミンを投与した患者の夜間ナースコールが減少したと報告したことから判明した。

学会のもう1つの目玉は、ショパン・コンクール優勝の精神科医リチャード・コガン(Richard Kogan)による特別講演である。テーマは「シューマンの病跡学とピアノ演奏」というものである。90分間のすばらしいピアノ演奏と「おしゃべり」に400名以上の参加者が興奮していた。

海外からはこの2名の他に、Jonathan Davidson、Borwin Bandelow、Maurice Preter、Rachel Klein、David Amaral、Stefan Hofmann、Pichet Udomratn、Young Hee Choi、と現在国際的に活躍中の研究者である。

学会では、シンポジウム6本、教育講演2本、ランチョンセミナー4本、ワークショップ2本、ディベートセッション2本(非定型精神病薬の使用について、SSRI−あなたは何をどう処方するか?)、一般演題は71題と豊富な内容であった。学会の前日開催された理事会では第2回の会長として切池信夫氏、第3回の会長として坪井康次氏が決定された。

不安障害という病態に悩み、日常生活に支障をきたしている人は予想以上に多く、しかも正確な診断を受けていない人が多く、さらに適切で十分な治療を受けていない人も多いことが指摘されている。

国際的診断基準として利用されているDSM−・も次の時代のDSM−・への変更が検討されている。A.Francesがその中心人物であるが、現在不安障害のカテゴリーからOCD(強迫性障害)とPTSD(心的外傷後ストレス障害)を除外するか否かが議論されているという。 


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