 |
心と社会 No.144 42巻2号
巻頭言
|
無縁社会から有縁社会へ
生死が不明になったまま死亡届の出されていない高齢者、あるいは死亡しているにもかかわらず意図的に生存していることになっている高齢者の存在など、昨年は現代社会に繰り広げられている想定外の事実が明らかになって、大きな社会問題となった。これと連動するごとくNHK取材班の調査によって、日常の社会生活をしていながら人知れず亡くなり、引き取り手がいないため行政のお世話になった、いわゆる無縁死が、年間3万2千人もいることが明らかにされ、「無縁社会」という言葉が瞬く間に市民権を得たことも驚くべきことであった。
筆者自身、公的仕事から解き放たれてほっとしたと思ったら、それまで免除されていたマンションの役員、それも理事長に押し上げられてしまって、まさに無縁社会のど真ん中にいることを実感させられた。今のマンションは個人情報の何とやらで居住者名簿も作られなくなっている。新しく入居したときに隣近所に挨拶する習慣も何となく廃れてしまって、どんな人が隣に住んでいるのかさっぱりわからない。理事長は自営消防団の団長も兼ねることになっており、各役員も消防団員になることが決められている。時々認知症の人が火災報知機のブザーを鳴らすわがマンション。もし本当に火事になったら誰を真っ先に救い出さなければならないのか、寝たきりの人がどこにいるのかわからないと、団員からの真剣な質問。他人を気遣おうにも気遣えない仕組みが出来上がってしまっている。管理会社曰く、本当の火事になったらまず他人のことより皆様自身が早く逃げてください。寝たきりの人の救出はプロに任せましょうと。笑い話のようだが、これが現実。確かに役員もみな高齢者ばかりになっている。
家族の絆が細くなり、人と人の関係が薄れる中で、超高齢社会の到来がわが国の医療保険制度のあり方に、主として医療費の適正化という観点から大きな変革をもたらしており、急速に在院期間の短縮、入院から在宅への流れが進んできている。これまで入院医療に重点が置かれすぎてきたわが国で大きな変革が行われようとしていることは、単に医療費節減政策とだけ捕らえるのではなく、人々の医療を受ける場の選択の幅を広げ、さらにできるだけ自宅で療養生活を送りたいと願う一人ひとりの尊厳を守る事ができるという意味でも歓迎すべきことと考える。しかしこれは医療を必要とする人が医療機関以外で療養生活を続けるということであり、そのためのサービス提供の担い手・支え手が地域でも十分に準備されなければ、成り立たないことでもある。
たとえば最期の看取りをどこで誰が、という課題も深刻だ。2005年からわが国が本格的な人口減少時代に入った。2008年の死亡者は114万人、その死亡場所は病院が79%に対し、自宅は13%に過ぎない。30年後には死亡者は約1.5倍に増えると見込まれている。家族がいなければ無理といわれる在宅ケアだが、データで見る限りわが国の子供との同居率50%(2005)はフランス17%、オランダ8%、スウェーデン5%に比べてかなり高くなっている。にもかかわらず、在宅看取り率はフランス24%、オランダ31%、スウェーデン51%となっており、わが国がいかに人生の終わりを病院に委ねすぎているかがわかる。人が地域で穏やかな最期を迎えることができるようにする・・・、人々の病院依存意識を改めさせることは必要だとしても、先ずは医師・看護師をはじめとする医療専門職、そして福祉や介護の担当者自身の意識の変革を促し、思い切って病院から在宅へと活動の場を大きく転換させる政策を進める必要があるのではないだろうか。
無縁社会が進行する中で在宅ケアをどう充実させていくか頭を悩ませている時に、突然東日本が未曾有の大地震に見舞われた。予想をはるかに超えた大津波でたくさんの尊い命が奪われ、1ヵ月以上たつというのに被害の全容もつかめない事態。加えて福島の第一原発事故は収拾の見通しも立っていない。こんな中、まだ十数万人ともいわれる不自由な避難所生活を送っている人々の秩序だったもの静かな様子には東北人の辛抱強さとはいえ、驚くばかりである。映像の上とはいえ老人たちの謙虚な言葉や子供たちの健気な行動に、日本中はおろか世界各国から賞賛の声が上がっている。同時に沸き起こっている全国からの支援の輪の広がりの大きさにも圧倒される。各県で受け入れの始まった一時避難所や仮設住宅建設ではコミュニティの結束の強さにも驚かされる。復興を目指して「がんばれ日本」コールが日に日に高まってきている。
筆者も地震発生20日後に4被災県を訪問したが、自らも被災しているにも拘わらず、不眠不休の活動を続けている看護師達、それを支援しようと各県から駆けつけた救援隊の姿には胸が詰まる思いだ。そして今まだたくさん残っている避難所の人々と共に、多くの病院から帰されて戸惑っている人々、さらにこれから仮設住宅での生活を始める人々、今こそ訪問看護師が活躍しなければならない時ではないか。訪問看護を振興する立場にいる筆者としては、避難所や仮設住宅には看護師を常駐させ、自宅に戻った高齢者はフォローする体制をと、焦っている。そして目には見えないものの今度の震災で家を失い、家族を失い、仕事を失い、希望を失い・・・、心に傷を持った人たちの如何に多いことか想像に余りある。ここは精神保健にかかわる専門職の出番だ。同じ配慮は惨い現場で働いたボランティアたちにも必要に違いない。
誰もが一生に一度しか出くわさないような大災害が、わが国の無縁社会から有縁社会へと建て直しの契機となることを期待したいものである。そして一日も早い復興に向かって、専門職はもちろん、国民一人ひとりが持てる力を出し合うべきだ。そうすれば必ずこの国難を克服することはできると信じている。
|