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心と社会 No.177 2019
巻頭言

摂食障害と社会

末松弘行
名古屋学芸大学 名誉教授

はじめに

 摂食障害には「神経性やせ症」(いわゆる「拒食症」)、「神経性過食症」(いわゆる「過食症」)の他に「過食性障害」(いわゆる「むちゃ食い」)などがありますが、主として、前二者について述べます。

 摂食障害は社会と極めて関係が深い疾患です。その有病率は近年増加し、発症も低年齢化して、青少年の精神衛生上重要な社会問題になっています。

摂食障害の疫学(ことに学校における調査)

 私は、かれこれ60年前の1960年代の初め頃から、神経性やせ症の診療を始めました。その頃には、神経性過食症は全くいませんでした。それが見られるようになったのは、1960年代の終わりの頃からですが、今では、拒食から過食に反転した過食症の方が多くなりました。昔は我慢強く拒食を続ける症例が多かったのですが、近年では短絡的になって、「食べても、吐けばよい」というケースは増えているようです。これは、一つには飽食の時代という物質的な社会事情にもよるのでしょうが、現代の若者全体の気質の変化にもよるものとも思われます。

 摂食障害は、経済的に豊かになり、食べることに困窮しなくなり、人間関係などの現代的なストレスを強く感じるようになった国で患者数が増えています。つまり、米国や英国、旧西ドイツなどで多く、発展途上国などではほとんど見られないのです。私は厚生省(当時)の摂食障害調査研究班の班長として、まず、病院における疫学調査を1980〜1990年代に行いました。しかし、本症の患者は病識が乏しいので、病院を受診しないことがあります。そこで、実態を把握するために、学校を対象とした調査が1980年代に行われました。日本国内においても、都市部に多く、地方には少ないのです。同じ県内でも、水島典明先生らによると、石川県では金沢市に集中し、郡部にはほとんどいなく、京都府や愛知県でも都市集中型とのことであったので、2013年に大学院生の神谷侑希香さんの協力で愛知県の高校生で調査しました。すると、現在においても、名古屋市内が市外に比べて有病率が高いという結果でした。同じ頃に、鈴木(堀田)眞理先生によって行われた東京都のデータと比較すると、東京都の方が愛知県に比べ、有病率が有意に高値です。

 また、昔から「摂食障害は成績の良い、いい子に多い」と言われています。1980年代に鈴木裕也先生が埼玉県では偏差値の高い高校に本症が多発すると報告されました。現代の愛知県で調査してみますと、やはり偏差値の高い高校に多いという結果でした。

病因における社会的因子

 摂食障害の病因は多因子的で、遺伝や本人の性格、家族との関係などが重なっているといわれますが、社会的因子としては「やせ礼賛」の風潮が関与しています。国民健康・栄養調査によると、20代の女性の29%はやせ過ぎで、これは食糧難の終戦直後に比べても細めということです。数年前の納税日本一は女性にうけたダイエットサプリの販売者でした。女性誌の特集が「完璧のやせる技術」であったり、メディアの影響も大きいでしょう。フィジーに1995年にテレビが登場し、欧米の影響を受けたメディア・メッセージが流れるようになると3年間で、摂食障害傾向が12.7%から29.2%に増加し、自己誘発嘔吐は0%から11.3%に増えたという統計があります。

 2006年にマドリード市はスペイン保健省と共に「一般の人がファッションショウを拒食症の増加に結び付けて考えないようにしたい」とやせ過ぎたモデルの出場を禁止しました。また、ファッション誌のヴォーグが「やせ過ぎモデルは起用しない」との方針を出しました。ヴォーグ日本版でもその方針にそって、2012年の7月号では「健康的な食習慣をもった女性の美」という記事が載りました。

対策(ことに日本摂食障害協会について)

 わが国では摂食障害に対する対応施設がまだ整っていません。鈴木(堀田)先生が「摂食障害の治療相談や入院が可能な専門施設」について調査されたところ、2010年の時点では、それが出来ると回答があった施設は、青森、山形、岐阜、和歌山、山口、宮崎、長崎、沖縄の各県では皆無で、摂食障害については無医県が8県もありました。2015年の再調査では幸いに無医県は0となりましたが、精神科では体重30kg以下とか、内科的管理が必要だと不可であり、内科系では自傷や逸脱行為があると不可といった条件つきでした。

 そこで、「治療支援センターを作って、サポート体制が構築できると良い」と考えて、心療内科医などが中心となって、2010年に「摂食障害センター設立準備委員会」を発足させ、厚生労働省などに訴える活動を始めました。多くの方々のご協力を得て活動が拡がり、2013年には厚生労働省が精神保健等国庫補助金「摂食障害治療支援センター設置運営事業」を立ち上げてくれました。現在、国立精神・神経医療研究センターを全国基幹センター(センター長 安藤哲也先生)として、宮城県の東北大学心療内科、千葉県の国府台病院、静岡県の浜松医科大学精神科、福岡県の九州大学心療内科の4か所に治療支援センターが開設されています。これには、地方自治体が半額持つので、その支援と手を挙げる施設が増えていくことが望まれます。

 治療支援センターが実現したので、準備委員会は更に前進して、2016年に一般社団法人「日本摂食障害協会」へと移行しました。理事長は生野照子先生で、理事は石川俊男、鈴木眞理、鈴木裕也、西園マーハ文、山岡昌之の諸先生と私の6人です。その他、特別顧問、参与、フェローには多くの方々に加わっていただいています。協会の目的は摂食障害の支援、啓発、予防ですが、活動内容としては、1.当事者および家族の支援、2.啓発活動、予防活動、3.情報提供、4.治療者の育成支援、5.専門治療機関の創設支援、6.調査研究などがあります。実際の活動としては、勉強会、講演会とか、当事者・家族へのメール相談などです。

 摂食障害患者の就労や社会復帰支援も重要な問題です。協会では西園先生を中心に実態調査を行いました。摂食障害のために仕事探しに困難を感じている人は58.7%、それでも、症状を持ちながら就労している人は72.6%、しかし、摂食障害のために仕事上の困難を感じている人は79.9%にのぼりました。周囲の理解と協力が必要です。ある当事者のメッセージですが「仕事をすることが、回復のきっかけにもなると思う。私は仕事を通じて誰かに必要とされると感じられたことで、生きる希望や新たな目標を持てるようになった」そうです。

 また、来年のオリンピック・パラリンピックを控えて、アスリートの食と健康の問題が注目されています。スタイルや体重が競技の成績判定や記録に影響を及ぼす体操、アイススケート、マラソンなどの若い女子アスリートでは「アスリートの3主徴」といわれる、やせ、無月経、骨折が多く、摂食障害の有病率は一般女性の3倍と報告されています。そこで、協会では6月の「世界摂食障害アクションディ」に2年続けてこのテーマを取り上げて講演会をもち、コーチの指導法を含めてどうバックアップしていくかを考え「女性アスリートの健康を守る東京宣言」をいたしました。

おわりに

 この問題へのいくつかの社会的な対策についてふれましたが、最後に治療法について述べます。多くの職種の連携が大切なので、『チーム医療としての摂食障害診療』を渡邉直樹先生と共に編著しました。また、認知行動療法が有効なので、かつて、熊野宏昭、川原健資、両先生と共にワイス博士らの『食べたい! でもやせたい─過食症の認知行動療法』を翻訳出版しました。今、注目されているのは、オックスフォード大学のフェアバーン博士によって開発された認知行動療法(Enhanced Cognitive Behavior Therapy─CBT-E)です。現在、河合啓介先生や安藤先生らによって研修会が度々行われています。これは、保険でも認められていますので、この普及によって難治の摂食障害の治療においても、少しは明るい未来が期待されています。

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