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こころの健康シリーズVI 格差社会とメンタルヘルス

12 『ホームレス』問題はハウジングファーストから
―路上は最悪の場所ではない―

認定NPO法人世界の医療団理事/精神科医
森川すいめい

 

1.路上生活の場所以外に自由はない

 少し痩せた70歳代の男性が、冬の22時を過ぎた頃、池袋の駅地下で段ボールを敷いていました。男性は、「ホームレス生活はね、楽しいよ」と話していました。生活保護の話をすると、「福祉を受けるとね、病院に入れられちゃうから」と、小さな声で。そして、「だめだと思ったら自分でいくから」と弱々しく笑っていました。何らかの精神疾患を要するのは確かそうでした。しかし、落ち着いていて意思表示もしっかりなさっていたので、無理に福祉を利用することを勧めずに、困ったら声をかけてくださいと伝えて、私はその場から去りました。2週間くらいすると、その男性は見当たらなくなりました。今も消息は分かりません。私たちは、そう話す人と何人も会いました。ある男性は、「そりゃあ、野宿から脱したいさ。だけどね、脱した後で、どう生きたらいいのさ。福祉を受けて、床ジラミが出るような施設にいれられて、何年も何年も同じ生活をさせられて、国の世話になっているくせにという目線で見られ続ける。仕事したらいいと言われるかもしれないけど、この年で、自分の学歴で、生活保護よりも高い給料なんてもらえないよ」。

 実際に、生活保護を脱して仕事をしても、体を壊し、病院通いを続け、医療費がかかる分生活保護を利用していたときよりも生活が苦しくなったという人も少なくありません。その上、孤立した生活をしていたとしたら、何のために働いているのかもわからなくなるというのは理解のできることです。この男性は、路上生活をしながらできる仕事をして、わずかな収入で食事をとり、雨の日だけサウナかマンガ喫茶に泊まるといった生活をしていました。「からだが動くうちは、まだ国の世話にはなりたくないんだ」と。

2.路上生活に至った背景の多くは孤立

 路上には、様々な課題を抱えた人がいます。失業のみでは、路上生活にはなりません。子どもの頃からの貧困、暴力から逃げてきた人、大人のロールモデルを見て来られなかった人、アルコールや薬物の問題でボロボロになった人、刑務所を出所したての人、統合失調症をもつと思われる人、軽度の知的障がいがあると思われる人、発達障がいの苦労がありそうな人、認知症を有する人。カテゴライズするならば様々な切り口で分けられるのだと思います。共通することは、その多くは、路上生活に至る前に孤立していたことです。 支えてくれる誰かが近くにいませんでした。

 家族に殴られ続けたという男性は、高校をあきらめ、逃げるように就職をしました。しかし、暴力を受けた記憶は、仕事を長続きさせることを邪魔しました。何かがあるとこころが固まってしまって動けなくなり、問題が大きくなってしまうことが何度もあったからでした。幼少のころからそのように生きてきたので、どうしたら自分を変えられるのか助けられるのかがわかりませんでした。ついに、仕事を失い路上生活に至りました。その彼も、ひもじいし寒いけれども、暴力の生活よりは、そして生きづらい職場よりは、路上がよいと言っていました。

 同じことを言う女性もいました。家族からの暴力の影響は、成人してからも男性から暴力を受けることに関係しました。生きてきた世界がとても小さくさせられてしまったために、暴力を受けた親と似たような男性につかまってしまう。どう生きたらいいのかわからず、ひどい被害を受けたあとで福祉につながりました。しかし、彼女にとって福祉を利用しての生活は耐えられるものではありませんでした。集団生活の中でのいじめ、暴力の恐怖、お金を制限なく使ってしまうために受けることになったお金の管理は厳しく、ワーカーさんに相談しても説教をされるだけでした。福祉事務所のワーカー職は、障がいに関する専門的な知識や援助力が求められますが、多くの場合、特別な援助の勉強をした人がなるものではありません。行政の中の人事で、他の仕事と同じような形で、ある日突然、ワーカーになりなさいと言われます。生活保護の知識さえないワーカーもいます。ワーカーさんたちは自ら勉強をしなければならないのです。勉強をしなくても仕事はやってくるので、ワーカーの力量は様々となります。人間が悪いのではありません。政府のマネジメントが悪いのです。援助の訓練を受けずに援助をするのは大変です。その女性の担当者も援助の教育は受けていなかったようでした。援助の基礎がないまま、自らの感覚が正しいといった正義の目線で話す人でした。彼女は生きていくことをどうしていったらいいのかわからず、毎日、苦しかったと言います。そして、彼女は施設から失踪し、路上生活に至り ました。

 

3.路上生活は苦しい/4.お金がないことは機会の不平等となる

1.路上生活の場所以外に自由はない/2.路上生活に至った背景の多くは孤立
3.路上生活は苦しい/4.お金がないことは機会の不平等となる
5.路上生活はホームレス状態の人の一部にすぎない
6.今求められるのは「ハウジングファースト」/まとめ

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