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こころの健康シリーズZ 21世紀のメンタルへルス

No.11 腸内細菌を介した腸と脳のクロストーク
〜虫の知らせを科学する〜

慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室
黒川 駿哉 岸本 泰士郎


ヒトのうつ病や自閉症の腸内細菌

 ヒトの精神疾患における腸内細菌研究についての研究も少しずつ報告が増えています。うつ病では便秘や下痢などの消化器症状が高率で合併し、腸の器質的異常を認めない過敏性腸症候群患者(Irritable Bowel Syndrome: IBS)の合併は15.5%-39.5%にものぼり5)、消化器症状とうつ病の重症度が相関していることが知られています。最近のうつ病、下痢型IBS、それらの合併患者、健常者(それぞれ15:40:25:20名)の腸内細菌叢を観察した横断研究では、うつ病と下痢型IBS患者のdysbiosis菌叢パターンは類似しており、いずれにおいても腸内細菌叢の多様性が低いという結果でした6)

 うつ病46例を対象にした横断研究では、健常者と比較してBacteroidetes,Enterobacteriaceae, Alistipesの増加とFirmicutes, Faecalibacteriumの減少が確認されています7)。Alistipesはトリプトファン利用能に影響を与える細菌として知られており、この菌の増加がセロトニン代謝に影響を与えている可能性が指摘されています。また、ストレスの持続は、HPA axisや迷走神経活動などを介して、dysbiosisおよび腸管のバリア機能の破綻と透過性亢進によるbacterial translocation(体内への細菌移行)を引き起こします。bacterial translocationによる免疫応答の結果、細菌毒素であるリポ多糖(LPS)の血中濃度が上昇し、うつ病によって引き起こされた神経炎症変化を持続させている機序も想定されています8)

 自閉症スペクトラム障害(Autism spectrum disorder:ASD)においても、免疫異常、代謝異常などとともに、消化器症状の併存率は23-70%と高いことがわかっています。ASD患児499名について、定型発達児と比較して1つ以上の消化器症状をもつ傾向が高く(Odds ratio 7.92(4.89〜12.85))、消化器症状をもつ患児は、苛立ち、社会的ひきこもり、常同性、多動の程度が強かったといいます9)。また、58名のASD患児と39名の健常児を比較した試験では、ASDの重症度と消化器症状の重症度が相関していました(r=0.59、p<0.001)。ASD患児の便では、腸上皮細胞の栄養素である短鎖脂肪酸全体が少なく、なかでも酢酸、プロピオン酸、吉草酸が有意に少ないという結果でした10)。最近の21例のASD患児と23例の健常児の腸内細菌叢およびその代謝産物を観察した検討では、ASD患児は健常児と比べて、腸内細菌の多様性は低く、isopropanolが高いということでした。また、いくつかの便中の代謝産物を組み合わせたパターンから患児と健常児を区別することができることを示し、腸内細菌とその代謝産物がASDのバイオマーカーになりうることを示しています11)


整腸剤(probiotics)や抗菌薬による治療の応用の可能性

 乱れた腸内細菌叢に直接的に働きかける治療的介入としては、有用菌とされる細菌の餌となるオリゴ糖などのprebiotics、有用とされる生菌をそのまま用いるprobiotics、広範囲に菌叢を死滅させる効果のある抗菌薬、FMTなどが挙げられます。

 中等度以上のうつ病成人40名を対象に、8週間のprobioticsを含んだカプセルを内服した群とプラセボの群を比較したところ、probiotics群で抑うつの重症度尺度であるBDI(Beck Depression Inventory)スコアの有意な低下を認め、さらにインスリン値、インスリン抵抗性、高感度CRPを低下させ、抗酸化物質であるグルタチオンを増加させたことが報告されています。この研究ではフォローアップがなく、腸内細菌叢の変化をみていませんが、うつ病患者を対象とした介入研究としては、貴重な報告といえます12)

 ASDに対する腸内細菌叢を直接のターゲットとした研究は多くはありませんが、少数のASD患児を対象に、8週間にわたり腸管非吸収性の抗菌薬であるVancomycinを少量投与したことで、主観的アナログ評価尺度における患児のコミュニケーション、異常行動が有意に改善したという報告があります13)。しかしながら、この研究ではほとんどが治療終了後数週間以内にその効果が消失してしまっています。

便の移植による治療の可能性/向精神薬の腸内細菌への影響/おわりに

はじめに/腸内細菌との出会い/腸内細菌が脳に影響を与えるメカニズム
ヒトのうつ病や自閉症の腸内細菌/整腸剤(probiotics)や抗菌薬による治療の応用の可能性
便の移植による治療の可能性/向精神薬の腸内細菌への影響/おわりに

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