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こころの健康シリーズZ 21世紀のメンタルへルス

No.12 運動と心の健康
―運動はメンタルヘルスにどう関わるか―

公益財団法人 明治安田厚生事業団 体力医学研究所
明治安田生命保険相互会社 人事部 健康増進グループ
永松俊哉

運動の様式とメンタルヘルス

 では、どのような運動がメンタルヘルス対策として望ましいのでしょうか。結論からいえばどんな運動でも有効となる可能性を秘めています。有酸素運動、筋トレ、ストレッチ、あるいは気功や太極拳でも効果があるものと考えられます。つまり、運動実施後に気分の改善がもたらされるかどうかがポイントです。そしてもう一つの要因が、継続して実施できるかという点です。心身が疲れているとき、あるいは多忙な時期にトレーニングウェアに着替えて運動やスポーツをすることは簡単ではありません。もともと運動する習慣があって、体を動かすことが苦にならない人にとっては運動のやりようはいくらでもあります。しかし、疲れていたり忙しかったりする人の場合、運動に要する時間はなるべく短く、また運動の強度はなるべく軽いほうが実用的と考えられます。そこでお薦めなのが「ストレッチ」です。私たちは、10分間のストレッチ運動プログラム(図1)を考案し、本プログラム実施によってストレス反応や気分が改善されることを確認しました。さらに、更年期症状のある中高年女性勤労者を対象とした介入研究では、本プログラムを就寝直前に習慣的に行うことで睡眠や更年期症状が改善されるという結果も得ています。

 一連の研究成果を概観すると、老若男女を問わず狭小スペースで安全かつ簡便に実施できるストレッチは、ストレス社会を生きる現代人にとって有意義な運動方法ではないかと思われます。


図1 ストレッチ運動プログラムの概要(永松ら、体力研究110:1-7(2012)より)

うつ病と運動療法

 これまで日本では、うつ病をはじめとする各種精神疾患に対して運動は禁忌との意見が根強く、精神科診療のガイドラインに運動が積極的に取り上げられることはありませんでした。しかし、うつ病の治療指針に運動が取り入れられている海外の精神医学分野の状況を踏まえ、国内でも2012年に大うつ病性障害の治療ガイドラインに「運動療法」が記載されました。軽症うつ病患者に対する薬物療法や精神療法の併用との位置付けとはいえ画期的なトピックといえます。このことを機に、治療現場への適用を踏まえた運動療法の開発とその効果検証が進むことを期待したいと思います。ただ、受療中の精神疾患患者に対して運動指導を行う際には、医師の指示に従いながら運動の専門家も交えて実施することが重要です。軽い運動であればメンタル不調者が日常生活の中で自主的に実施できるのかもしれませんが、まずは医師に相談した上で慎重に進めることが肝要と思われます。

運動がメンタルヘルスに効くメカニズム解明の試み

 運動がなぜメンタルヘルスに効くのか、そのメカニズムについては今日でも不明の点が多く残されています。この課題に迫るべく、近年ではポジトロン断層撮影法(Positron Emission Tomography:PET)、機能的磁気共鳴画像法(functional Magnetic Resonance Imaging:fMRI)、あるいは機能的近赤外線分光法(functional Near-Infrared Spectroscopy:fNIRS)といった脳機能を詳細に評価する先駆的技法を用いた運動の効果検証が積極的に試みられています。例えば、オピオイドと呼ばれる鎮痛・陶酔作用を持つ神経伝達物質の脳内への放出が運動時の高揚感(ランナーズハイ等)をもたらすという、いわゆる「エンドルフィン仮説」がPETを用いた研究よって一部明らかにされました。また、fNIRSを活用した研究では、軽運動後に「左前頭前野背外側部」という認知機能を司る脳部位の血流増加がみられたことが報告されています。このことは、運動によって認知機能が一時的に向上したことを意味します。

 このように、先端テクノロジーの活用は、運動が精神・心理機能に及ぼす効果発現メカニズムの解明に大きく貢献する可能性が考えられます。実用的な知見が得られるにはもう少し時間がかかりそうですが、その成果には大いに期待したいと思います。

おわりに

 メンタルヘルス不調への対応としては、その原因を探り当てて取り除くことが重要と思われます。しかし、生きていくうえで様々なストレスや人間関係で悩むことは避けて通れません。そうすると、個人のストレス対処能力やセルフケアのスキルを高めることが現実的と思われます。様々な知見や報告を総括すると、メンタルヘルス対策として運動は大変有益であると考えられますが、運動を定期的かつ長期に続けることは意外に難しいものです。そこで、いつでもどこでも安全に実施できる軽運動がお薦めです。自分のライフスタイルを踏まえ、ちょっとした余暇時間に軽い運動を行うことを心がけてメンタルヘルスの維持改善に取り組まれてはいかがでしょうか。

 

はじめに/自殺・うつ病による社会的損失/運動と感情調節
運動と認知機能/運動と睡眠/運動の強度とメンタルヘルス
運動の様式とメンタルヘルス/うつ病と運動療法/運動がメンタルヘルスに効くメカニズム解明の試み/おわりに

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