ご挨拶日本精神衛生会とはご入会のご案内資料室本会の主な刊行物リンク集行事予定

こころの健康シリーズ[ 国際化の進展とメンタルヘルス

No.9 国際協力で海外に行く人が遭遇するメンタルヘルスの問題

東邦大学医学部 端詰勝敬


2.国際協力活動でのストレス

 開発途上国で国際協力活動をおこなうことは、日本とは異なる質のストレス状況に暴露されることになる。筆者が考える海外でのストレス項目を表1に示した。

表1

海外勤務者では、生活環境の変化、言葉や文化の違い、業務の質・量の増加により高ストレス状態となることが示されている2)が、一般的に企業による海外勤務地よりもJICAの国際協力で派遣される開発途上国の方が生活状況は悪く、ライフラインの整備も遅れている。さらに疫病、紛争、治安の悪化といったリスクの高い問題が生じやすい。ホームズとレイはライフイベントを点数化し、社会再適応評価尺度を開発しているが、国際協力活動における項目を考えると、仕事の再適応の社会再適応尺度上の点数は「39」であり、以下同様に経済状況の変化は「38」、異なった仕事への配置換えは「36」、仕事上の責任変化は「29」、生活状況の変化は「25」、習慣を改めるは「24」、仕事の状況が変わるは「20」、住居が変わるは「20」、レクリエーションの変化は「19」、社会活動の変化は「18」、睡眠習慣の変化は「16」、家族が団らんする回数の変化は「15」、食習慣の変化は「15」となり、合計は314点となる。ホームズとレイは、この社会再適応評価尺度とストレス関連疾患の発現との関連を報告しており、過去1年間の合計点が300点以上だった際に、今後1年間に身体的もしくは精神的に健康障害を生じる可能性は約80%とされている。海外での生活で発現または悪化しやすい身体的なストレス関連疾患として、高血圧、脂質異常症、糖尿病、慢性頭痛、過敏性腸症候群の頻度が高い印象がある。特に、過敏性腸症候群に関しては、若い方にもともと罹患しやすい心身症の代表であり、海外での衛生事情から胃腸症状を呈しやすい事情もあって、特に注意すべき身体疾患と思われる。実際に国際協力で海外に行く人の80%が病気になっているかは定かではないが、何らかの心身の病気になること、心身の不調を新たに起こすこと、すでに持っている病気や過去に持っていた病気が悪化するリスクを持っているという認識を、開発途上国に派遣される本人や周囲が理解しておかなければならない。

 これまで、途上国に派遣されるJICA関係者のストレス状況を経験してきて、日本に居てはなかなか気づかない身体的心理的ストレスが多いことを実感している。別の言い方をすれば、気づかないよりも「思っていたのと違うので困惑する」ストレスである。いくつか例を挙げて説明をしていきたい。

 1つめは、生活環境の問題である。電気がうまく通らない、きれいな水が出ないといったライフラインの未整備は日本とは根本的に異なる。このこと自体は、JICA関係者自身もあらかじめ理解して任国へ赴いているのだが、実問題として、現場のリアルな状況について事前に本人がイメージしているものと、現地入り後に実感するものとのギャップが大きいことも多く、これが相当な心理的ストレスとなる。

 2つめは、文化・民族の違いによるストレスである。例えば日本で災害などがあり、ボランティアで活動する際には「よく来てくれた」と感謝される印象がある。(実際、特に海外ボランティア活動をおこなう人たちは、そうした国内のボランティア活動をおおむね経験している)。しかし、実際にアフリカなどに行くと、アジア人が来たということで街を歩いても注目を浴びるが、必ずしも「歓迎」的な視線ではなく、警戒されているような視線のこともある。民族性の違いのギャップを感じる国際協力人材も多く、現地の人々の「時間へのルーズさ」に対するストレスを訴えることが多い。発展途上国に派遣される人たちは「向こうの人は時間を決めても全然守らないし、守ろうとしない、しかも悪びれない」と訴えてくる。それは事実なのであるが、向こうの人からすると「時間をきちんとしすぎる日本人が理解できない」わけであり、文化や民族性の違いなのである。この点が理解できないと、任国への反発心が肥大していくことになりかねない。

 3つめは、自分の能力が生かされないことへのいら立ちである。大きな志をもって開発途上国へ国際協力人材として行くわけなので、出発時における本人の「国際協力活動への期待」は非常に大きいものとなり、また自分だけではなく周囲からの期待もある。しかし実際に任国の派遣先に着いてみると、特にボランティア事業の場合は当初に目立った業務を任せてもらえずに、むしろ自分へ任されるものが雑用みたいに思えることがある。実際、「もっと自分の能力を生かせる活動ができると思ってきたのに、今のままでは満足できない」というボランティアもいた。活動はあくまでも「ボランティア」という位置付けなので、そこの部分の認識にズレがあるとストレスになる。なお、多くの場合、時間の経過とともに相互の信頼関係が構築されてくるにしたがって活動の質が向上するため、当初のストレスは解消されるのが一般的である。

 このように、気候の違いによる身体的なストレス以外に多くの心理的ストレスが国際協力人材にはあり、職業性ストレス簡易調査票を用いた調査では、身体的ストレスのカットオフ値を超えた割合(全体の2.9%)よりも心理的ストレスのカットオフ値を超えた割合の方が高い(全体の5.5%)3)ことが示されている。また、心理的ストレスと関連する要因として、仕事の負担の高さ、対人関係の悪さ、社会の適合性の低さ、周囲からのサポートの低さ、生活の不満足という要因が挙げられている。

 

3.国際協力で海外に行く人のメンタル課題

はじめに/1.国際協力で海外に行く人の概況
2.国際協力活動でのストレス
3.国際協力で海外に行く人のメンタル課題
4.メンタル事例の予防と対応/おわりに

ご挨拶 | 日本精神衛生会とは | ご入会の案内 | 資料室 | 本会の主な刊行物 | リンク集 | 行事予定