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心と社会 No.128 38巻2号
巻頭言

精神科医療に新しい波を

岡崎祐士
(東京都立松沢病院)

何事もしばらくすると古くなり、普及する頃には清新さは失われる。精神科医療も例外ではなく、常に新しい可能性を生み出していかなければならないと思われる。

精神科医療にも数年に1つ位は新しい話題が登場するようになった。これは精神疾患の病態や治療の研究や検討が活発になっている証拠である。

ここでは2つの新しい波に触れたい。1つは国際的には既に普及している、精神疾患への早期介入の動きである。Interventionの直訳の早期介入は語感として好きでないので、内容を汲んで「早期相談・支援・治療」と言っているが、長いので早期介入と記すことにしたい。すでにわが国でも少し知られてきたが、統合失調症の発症後早く治療を開始した群は、治療開始が遅れた群よりも、数年後の転帰がよいという当たり前のことが、1986年に発見された。私ども(Anzai et al, 1988)を初めいくつもの国で追試が成され、国際的に確認された。米国はそれを受けて、統合失調症初回エピソードを対象とする病態研究を促進した。しかし、オーストラリアのMcGorryらは、統合失調症発症から治療開始までの期間(精神病未治療期間:DUP)短縮の医療的取り組みに重点をおいた。英国もすぐにそれを医療制度改革に結びつけた。

1990年代に入るとオーストラリアのビクトリア州では、思春期・青年期の若者への大量の心の悩みと病気の情報(リーフレット、パンフレット、本、インターネット等)が提供され、early psychosis intervention center(EPPIC)を中心にした早期治療が開始された。来談者は年々増加し、早期の治療が開始できたために、精神科入院患者は減少し、精神保健の経費効率が向上した。州政府のバックアップは一層強まり、介入の対象はさらに遡って統合失調症と診断できない精神病の段階(早期精神病)、さらには非特異的な精神症状や部分的・一過性の精神病症状が見られる前駆期からの治療開始に発展した。しかし、前駆期は遡及的な概念のため、前向き概念としてat risk mental state(ARMS:発症脆弱性精神状態)などが提案され、オーストラリアでは、PACEクリニックという相談・支援施設を設けて取り組みが始まった。来談者の1〜2年後の発症転帰は、当初40%にも及んだが、年とともに減少している。これは来談者が年々拡がっていることを示している。当然のことながらこれらの児童や青年は、統合失調症だけでも精神病だけでもなく、急性一過性精神病、気分障害、神経症性障害と広範な精神疾患の転帰をとるものを含んでいる。したがって、早期介入は、精神疾患全体への早期治療となっている。精神疾患の転帰をとらない者も多数なので、思春期・青年期の精神保健、さらに将来の精神保健を改善することにもつながっている。

しかし、精神疾患への早期介入を早くしようとすると、明確な対象の認知が困難である。

そのような問題点が指摘されていた頃、英国モーズレー研究所のチームとニュージーランドのチーム合同で1972年にニュージーランド南部Dunedinで開始した出生コホート研究の結果(Paultonら, 2000)が衝撃を与えた。11歳時に児童精神科医の面接で確かめられた精神病症状様体験(psychotic like experience:PLE)が15%の子どもにあり、強く体験していた子ども(約4%)の25%が26歳時に統合失調症様障害に罹患し(オッヅ比>16)、70%は26歳時に精神病症状を少なくとも1つ体験しており、90%は就業困難などの適応困難を抱えていたのである。PLEは15年後の精神病罹患のみでなく、精神保健全体の取り組みの有効な標識である可能性が示されたのである。今、PLEの調査とその意義の研究が始められている。筆者と西田らは2006年7月に三重県のある市で、関係者の協力を得て、5,000人以上の中学生(12〜15歳)に50項目以上からなる質問紙調査を行った。学校関係者は一切回答内容を見ることができないようにし、また無記名で回答拒否も自由であることを繰り返し詳しく説明して実施した。多くの中学生が、自発的に自らの体験等を自由記載もしてくれた。その結果、15%の子どもが精神病症状様の体験があると回答した。12歳でも既に13%以上があると答えており、さらに若年(10歳くらいか?)から体験をしている子どもがいる可能性がある。

そのような体験がある子どもたちは、WHOのGHQ12(全般健康度12項目)では、不健康度が有意に高く、その他の精神病理的項目(衝動的自傷・暴力、ダイエット目的の嘔吐、希死念慮様観念、いじめられる体験、聴覚過敏による集中・入眠困難、同居大人からの暴力、飲酒等)との関係が、PLEを体験していない子どもよりも有意に高かった。とくに、2つ以上のPLE体験があると、その傾向は一層強まった。

いま思春期の子どもたちの精神病理の問題は未曾有の拡がりを見せている。

質問紙の結果の実体を、面接調査も加えて確かめることが至急に必要である。その上でではあるが、つらい体験をしている子どもたちを含む小学校高学年〜中学生を対象にした、情報の提供と相談・支援・治療の取り組みを行っていく必要があると思われる。

もう1つは、発症した統合失調症を主とする精神疾患患者のリハビリテーションの一側面の課題である。統合失調症の全身への影響によって、患者は、表情のこわばり、無表情、険しい・人嫌いの目つきや疲れくたびれたドロンとした顔つきや目つき、伏目・白眼、猫背、とぼとぼ歩き、また、薬物の影響もあり、皮膚色素沈着・脂肌(化粧の乗りが悪い)、慢性の便秘、唾液欠乏か過剰、視力低下、体重増加・脂肪肝・糖尿病悪化などメタボリックシンドローム、口もぐもぐ、頸・肩・脊柱の筋肉の左右差やよじれ・姿勢異常、歩行異常等に悩まされる。その結果、表情、しぐさ、あいさつ、態度、話し方、歩き方、服装、清潔等が不十分になり、接する人々に不快や誤解を与えることも少なくない。しばらく接した人々は、それが疾患の影響をこうむった症状や二次的結果であることを理解できるが、短時間しか接しない人々の中には、そのことをもって精神疾患への印象、誤解や偏見を形成することが少なくない。今まで精神科医療関係者は、理解ある態度に含まれると思っていたのであろうか、あまりこれらのことを指摘せず、治療やリハビリテーションの働きかけの対象にしなかった。

私は、この問題、外見をできるだけ健康に近づける課題は、当人はもとより発症後の早期から精神科医療従事者も家族もこころがけるべき大事な課題だと思う。精神科以外の諸医学専門家、整容や美容の専門的知識・手段も総動員して、不幸にして精神疾患に罹患した人々を外見もより健康に近づくように手立てをつくすことは、精神科医療の義務であろう。また、患者さん自身が、他人や周囲を意識して、自分の外見を健康にするように、笑顔などの表情、しぐさ、礼儀、態度、歩き方、話し方、服装、化粧等々、日常的に心がけ、また仲間同士でも声を掛け合う習慣を身につけることは、自ら環境を変えていく力になるに違いない。

今、この2つの課題を前に進めなくてはと考えている。


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