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心と社会 No.179 2020
巻頭言

発達障害支援の現状とこれから

加藤 進昌
公益財団法人神経研究所附属晴和病院

 「発達障害」という言葉はすっかりお馴染みになりました。マスコミに登場することも多く、当事者だとカミングアウトする有名人も現れました。しかし、発達障害とは何かについては依然として漠然としたままです。専門家である精神科医や心理士の間でもそのイメージが食い違うことも多々あります。信頼できる診断基準が特に成人については存在しないことがその背景にあり、厚生労働省も都道府県も専門的な診療拠点を育成し、アクセスの整備を大きな課題に挙げています。実際、発達障害に対応する医療機関はどこも予約がいっぱいのようです。しかし、発達障害の診断ができても、その後にただ抗うつ薬を投与するというのでは無意味です。ADHDではやや事情が異なりますが、ASDに有効な薬は知られていないからです。

 本誌でも発達障害を取り上げたことは今回が初めてではありません。精神科関係の雑誌であればほぼ毎月どこかで特集しているのではないでしょうか。でも、この特集が目指しているのはもう「発達障害とはなにか」ではありません。当事者の困り感に対応するにはどうすれば良いのかが求められています。彼らの特性は生涯を通じて変わらないと言わざるを得ないと思いますが、その特性を踏まえて社会参加を可能にするリハビリテーションがこれからは必要です。昭和大学附属烏山病院で開発された標準ショートケアプログラムは、2018年に診療報酬の加算対象に認められました。それは過半数のプログラム参加者が何らかの形で就労へのステップを歩み始めると証明されたからです。

 児童の場合には、地域での子どもの心の問題にタイムリーに対応し、教育機関などと連携するシステム作りが求められています。成人では特に大学生への取り組みが重要です。高齢者の親が中年に達した引きこもりの子どもを抱える事例は日本全国で60万人に及ぶとも言われています。入り口での就労段階の支援も欠かせません。発達障害支援のアプローチは、地域によって、当事者の属性によってさまざまな方法が必要だと思われます。本特集では標準ショートケアプログラム以外の種々の試みも取り上げました。診療拠点の全国整備に向けてのガイドラインも、リハビリテーションの質の担保のためにも必要です。少しずつですが全国でさまざまな取り組みが始まっています。

 デイケアや就労支援、引きこもり支援の枠組みは「発達障害とはなにか」という問いかけにも役立ちます。同じような特性をもつ当事者たちが集まるところは、彼らにとっての居場所になり、社会参加を目指す拠点になることがわかってきたのです。当事者が意図したわけではないのですが、集団が個人を支える仕組みです。最近の言い方を借りれば、これこそがピアサポートといえるでしょう。発達障害に限りませんが、新しい疾患概念が根付くには時間が必要です。過少診断と過剰診断が繰り返されて、妥当な概念形成ができていくことは避けられない道筋です。デイケアのような、自然にコアな当事者たちが作る場所が、診断を確実にしてくれるということができます。

 古典的自閉症は常に児童精神科の中心課題でした。その障害はあまりにも重く、患児たちが通常の意味で社会に出ることは考えられませんでした。しかし、アスペルガー症候群との連続性が知られるようになって状況は一変しました。今日の診断基準はスペクトラム診断になって定型発達との境界はさらに曖昧になっています。どこまでが障害か、それは性格とどう違うのかが問われています。私たちの専門外来も、従来の精神科臨床のありようとは別物になってしまったような気がします。ここでは処方してなんぼの精神科医療はできません。彼らの生活支援を丸ごと考える時代になったといえるかもしれません。

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