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心と社会 No.190 2022
巻頭言

精神科の長期入院患者について考える

小島 卓也
公益財団法人日本精神衛生会 理事長

 わが国の精神障害者がどのように扱われてきたかについて、制度面から、統計資料から、臨床の現場から、患者の特徴という面から考えてみたい。

入院に関する制度の変遷

 わが国が精神障害者に対してどのように対応してきたかを制度面からみると1)、1900年に精神病患者監護法ができ、精神病者の監護義務者が一定の手続きの上、私宅監置室又は公私立精神病院の精神病室に監置することになっていた。呉秀三が私宅監置の実態調査を行い、私宅監置をやめて病院に入院させるために精神病院法の成立に努力し、1919年に制定された。しかし予算不足で病院建設は進まず、私宅監置はなお存続した。精神病院法と精神病患者監護法が並立して戦後まで続いた。戦争によって精神科病院は激減し、戦後多数の精神障害者が放置されていた。1949年に日本精神病院協会が設立され、植松七九郎、金子準二によって精神衛生法私案がまとめられた。金子は「都道府県はいずこも赤字財政苦で精神病床増加の社会的要請に応じがたく、社会的要請に応じるのは私立病院しかない」と考えた。1950年に金子私案に基づき精神衛生法が制定され(i)精神科病院の設置を都道府県に義務付ける、(ii)私宅監置を廃止する、(iii)精神衛生鑑定医を設けることになった。措置入院制度、保護義務者による同意入院制度も設けられた。1964年にライシャワー事件が起き、様々な意見があるなかで1965年に精神衛生法が改正され、(i)精神衛生センターの充実、(ii)地方精神衛生審議会の新設、(iii)通院医療費公費負担制度の導入、(iv)保健所で精神衛生業務の開始などはあったが、緊急措置入院など措置入院制度の強化が図られた。ここまでは精神病院に精神障害者を入院させ保護するということが主な目的であった。しかし1980 年代に宇都宮病院事件をはじめ精神科病院での患者虐待問題が多発して国の内外から患者の人権擁護に関する指摘がなされ、1987年に画期的な精神保健法が成立した。患者の人権保障と社会復帰施設の促進が初めて強調された法律改正であった。これ以降は5 年おきの見直しがなされ、人権保障と社会復帰の流れに従って法律改訂がなされてきた。2004年には「精神保健医療福祉の改革ビジョン」が示され、10年計画で改革に取り組んできた。救急・急性期・回復期などの病棟の機能分化や訪問診療・訪問看護等が行われ、就労移行支援や作業所などが増えてきた。しかし「入院医療中心から地域生活中心へ」という改革ビジョンの目標は、わが国では精神科病院のうち、民間病院が8 割を占めるという現実もあって、その歩みは遅いのが現状である。

入院患者の統計資料

 わが国においては精神科病床数が諸外国に比べて非常に多く、厚生労働省の統計による2) 34.5 万床(平成14 年)が15 年間で30.2 万床(平成29 年)に削減されたに過ぎない。疾患の内訳(平成29 年)は統合失調症が51%、アルツハイマー型認知症が16.2%、血管型認知症が9%、うつ病が10%で統合失調症が最も多い。平均在院日数は274.7日と長かった。平成26 年の厚生労働省の統計3)によると、入院後1年以上在院して退院が困難な患者について理由を調べると、居住場所・支援がないためが33%、精神症状が重く、慢性化しているためが61%、身体的な合併症のためが6%であった。

臨床現場での実態

 臨床現場で、精神科に長期入院している患者さんについてみると、精神症状が重いか、身体症状のために退院が困難な人が多いが、精神症状・身体症状も軽く、ある程度の支援があれば地域で生活できそうな患者さんも入院している。退院についての支援が得られず、居住場所が得られない場合である。長い入院生活の経過のなかで家族の構成が変わってしまい、一時的でも受け入れてくれる家族がいない場合、退院について家族の同意が得られず退院を断念せざるを得ない場合がある。この場合地域の様々な機関・職種と連携して身元を引き受けてくれる組織や団体の力を借りる必要がある。一時的に退院できれば生活保護を申請して住む家を見つけることも可能である。

 一方、精神症状が重いために退院できない患者さんについては、安西信雄4)は、適切な精神科入院治療を続けても、病状が重いために1 年を超えて在院が続いている状態を「重度かつ慢性」と定義し、「重度かつ慢性」患者さんへの包括支援実践ガイドを発表した。全国の300 を超える病院にアンケートやヒアリング調査を行い、病状が重いため1年を超えて入院した後、調査時点から1年後までに退院した患者さんをリストアップし、退院に役立った治療や支援方法を調査した。その内容をみると、まず病院としての取り組みの重要性について述べている。病院が目指す方向を明示していることや、患者さんの退院を支援する病院としてのシステムや運営管理体制が確立していることである。患者さんの退院に向けての意向確認や意欲喚起の取り組みが行われていた。退院促進の具体的な対策をみると、1.薬物療法は、多剤大量療法ではなく、処方の単純化が有効で、持効性抗精神病薬注射 (LAI)の利用やクロザピンの使用が効果的である。2.心理社会的治療では、医師による定期的な精神療法、対人技能向上・服薬自己管理などのスキルの獲得、医師が治療チームのリーダーとしての役割を果たすこと、家族への心理教育的アプローチ、家族との関係維持および負担軽減のためのアプローチが必要である。3.チームによる地域ケア体制では地域全体で重度かつ慢性の患者さんを支えるという理念を共有することが大切、医療関係者と地域支援者の担当者間で連絡・相談できる顔の見える関係の構築、対象者が地域において安心して支援を受けられるように対象者と顔なじみの関係にある支援者との連携体制等が強調されている。以上が成果を上げていた病院における主な対策であった。このようなことをしないと重度かつ慢性の患者さんを退院まで導くことが難しいともいえる。

入院患者の特徴

 長期入院のもう一つの要因として患者さん側の問題が考えられる5,6)。精神科病院で長期に入院している患者さんはほとんどが統合失調症の患者さんである(近年認知症の患者さんが増えてきているが)。うつ病や双極性障害の患者さんは少ない。これは何故だろうか。私たちの眼球運動の研究で統合失調症の患者さんには環境や刺激に対して積極的に関与しようとする姿勢が乏しいことがわかった(これを主体性の障害とよんでいる)。気分障害の患者さんは入院しても病状が回復したら退院して社会復帰したいという気持ちが強く、自ら手掛かりを見つけて目的を達成するのに対して、統合失調症の患者さんは主体性が乏しく、自分で退院の手掛かりを見つけることができず、目的を達成できない。しかし統合失調症の患者さんは、与えられた手掛かりを利用できることがわかった。そこで医療関係者が患者さんに寄り添って、一緒に手掛かりを見つけて目的を達成するという共同作業が必要になる。このような方法で接すると医師患者関係は著明に改善し、患者さんが明るくなることがわかった。この方法は、北海道浦河の、べてるの家の人たちの当事者研究や地域で統合失調症の患者さんを支え成果を上げている埼玉県さいたま市の、やどかりの里の人たちの考え方に通じるところがある。前述したように入院して長期間が経過すると、家族の構成が変化して受け入れが難しくなる。できるだけ早い時期に、医療関係者が寄り添って一緒に退院に対する手掛かりを見つけて行動することが必要になる。その際に家族のみに負担がかからないように、家族と多職種の医療関係者で話し合い、グループホーム、デイケア、デイナイトケア、訪問看護、訪問診療などを利用しながら退院および退院後の生活の安定に向けて努力することが重要である。

 入院させて保護するということが優先した時代から患者さんの人権を尊重し、早期に退院し地域で生活できるように支援していくという考え方に舵を切ったが、長期在院の患者さんがなかなか減っていかないという現実について検討してみた。いくつかの問題点が見えてきたのではないかと考えている。患者さんの特性を踏まえその視点に立って、入院後早期に病院スタッフと地域のチームが連携して支えていくことが有効であると考えられた。

文献
1 )櫻木章司:第8 章精神保健福祉法改正とその背景─戦後精神科医療の歩み.公益財団法人日本精神科病院協会監修,高柳功,山本紘世,櫻木章司編.三訂精神保健福祉法の最新知識.中央法規出版株式会社,2015
2 )厚生労働省:第7 次医療計画の指標に係る現状について.第4回地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制に向けた検討会,令和4 年2月3日
3 )厚生労働省:長期入院障害者をめぐる現状.第8回精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針等に関する検討会,平成26 年3月28日
4 )安西信雄:「重度かつ慢性」患者への包括支援実践ガイド,平成29-30 年度厚生労働科学研究費補助金(障碍者政策総合研究事業),平成31(2019)年3月
5 )小島卓也,松島英介:統合失調症の基本的障害の抽出─主体性の表れとしての眼球運動を用いて.精神医学61:551-560,2019
6 )小島卓也:統合失調症とは何か─主体性の障害とリハビリテーション.心と社会52:14-28,2021

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