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No.2 高齢者と家族
高齢者介護問題を中心として

安田女子大学文学部人間科学教授 春日キスヨ

2.「嫁」としての介護から「夫の代行者」としての介護へ

 こうした同居形態の変化のみならず、高齢者介護をめぐる家族関係のうち大きく変わってきているのは子世代の息子の妻となった女性たちのありかたです。東京都『高齢者の生活実態調査』(1995年)によって高齢者介護の担い手の比率をみてみると、配偶者42.6%、息子の妻21.1%、娘23.0%であり、息子の妻介護者の割合が一番低くなっています。これを介護者調査としては最も初期のものである1968年の『居宅寝たきり老人実態調査』(全国社会福祉協議会調査)の結果、配偶者25.1%、息子の妻49.8%、娘14.5%と比べてみますと、息子の妻が介護者として関わる割合は大きく減少してきていることがよく解ります。

 このような数値の背景には、介護を担う女性たちの家族間の変化が関わっています。それをシンボリックに示していると思われる事例として筆者のフィールドワークのなかで得られた新旧両世代の女性たちの話を紹介してみましょう。

 Aさん「私は四人兄弟の長男の嫁で、主人は15年前になくなり子供はいません。5年前舅がなくなったとき姑に養女縁組を希望いたしましたが、主人の兄弟に“財産の取り分が少なくなる”と拒否されました。いまは93歳の姑の世話をしながら二人で暮らしています。“女三界に家なし”と云われますが、姑がなくなったら家を出なければならないのか心配です。何か法的な援助はないものでしょうか」

 Bさん「私の主人の母は痴呆になって6年。24時間そばについていなければなりません。今年主人に先立たれ、義母だけが残りました。7年前に義父が亡くなったとき、義母や義姉妹たちが財産放棄して主人が相続していますので“主人が亡くなっても嫁として世話し続けるのが当然だ。看ないというのは財産泥棒だ”と義姉妹たちに云われています。でも、私がこれまで義母を看てきたのは、主人の代わりに看ていただけですから、主人が亡くなった現在、看る必要はないと思っています』

 Aさんは73才、B参は53才。ともに50代で不運にも夫が死去した後も、残された夫の親の介護義務を果たすことを夫の親族から求められた女性たちです。

 自らも高齢者世代に属する70代のAさんは、夫亡き後も婚家にとどまり続け「嫁」として舅を看取り、現在も姑の世話をし、さらに姑亡きあとは「三界に家なし」という「嫁」としての人生を生きることを亡父の親族から強いられています。それに対して団塊の世代に属するBさんは亡父がなくなった時点で、親族から「財産泥棒」呼ばわりをされながらも夫の残した財産を妻として相続し、「嫁」として要求される夫の母親の介護を拒否しています。Bさんのこうした選択の背後にあるのは「嫁」でなく亡父の妻であるという意識であり、したがって、夫の親の介護に対する意識も夫が本来息子として自ら担うべき介護を妻として「主人の代わりに看ていただけ」という意識です。「嫁」として介護を担ってきた70代のAさんと、夫の「代行者」としての妻という意識に立つBさんとでは介護をめぐる家族意識の上で大きな隔たりがあります。

 もともと現行の民法上においては、夫の親に対する息子の妻の扶養義務は規定されていません。同居している場合の「協力義務」くらいです。したがって、息子の妻には財産相続権もありません。そうしたなか、かつての「嫁」としての意識しかもち得なかった女性たちは、介護を永年担ったとしても「嫁が見てあたりまえ」とする夫の親族たちに対して精神的な報酬、担った労働に対する経済的対価などを要求することが出来るということなど考えもしなかったのですが、女性の雇用労働化も進み、個人の人権意識も強まってきている団塊の世代ぐらいになるとB