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最近の教師のメンタルヘルス

東京都教職員互助会三楽病院・教職員総合健康センター 溝口るり子

イラスト 桃井ももこ


<異動の負荷>

 数年ごとに行われる異動の負担は教師にとって決して軽いものではない。最近は特色ある学校作りや学校選択制、中高一貫校など学校の形態が多様化しており、隣の学校であっても異なる点が多い。

 新しくなった人間関係だけでも相当数に上り、氏名や顔を覚えるだけでも着任当初の負担は大きい。仕事の進め方や書類の作り方も異なる。新年度開始時の多忙な職場で細かなことをあれこれ尋ねるのは、気軽なことではない。

 中堅からベテランでは、異動先で学年や分掌の主任、責任ある重い仕事を任されやすい。中には指導の難しいクラスの引き受け手が見つからず、異動してきた教師に任される場合もある。

 前任校では学級経営の上手なベテランとして保護者や同僚の信頼も厚かった教師が、異動先の小学校でも高学年を任されやすいが、学校状況の変化からそれまでの経験や指導方法が有効とは限らない。入学当時から落ち着かず、授業中でも座っていられない児童や教室から出て行く児童がいる学年であった。クラス替えで指導の難しい児童を分散する配慮をしたが、これまでの厳しい担任とは異なる対応に、児童は「怒られない」「恐くない」と捉え、次第に騒がしくなる。落ち着かないクラスの状況に同僚や管理職が補助に入るが、担任にとってはそのこと自体も申し訳ないと負担になる場合もある。責任ある分掌や仕事の多忙や負担感も重なり、またベテランという立場と異 動したばかりで同僚関係にも遠慮があり、年齢・経験・立場上、期待している管理職や同僚に申し訳ない、頑張らねばという気持ちで焦りや孤立感が強まる。自信が揺らいで教壇に立つと30人以上の子供たちのエネルギーには太刀打ちできず、増々指導が通らないといった循環に陥りやすく、教師としての自信を失って退職を考えたという、いわゆる「できる」教師は一人ではない。

 新規採用教員や昇任管理職は異動に伴う負荷がより増大した状態ともいえる。

移動

 

<終わりにかえて>

 教師は広範囲で責任ある複数の業務を並行してこなさなければならず、しかも達成感や満足感を具体的な形で実感しにくい特徴も内包している。心身ともに疲弊し、「バーンアウト」や「適応障害」、「うつ状態」に陥って休職する教師が漸増する背景には、上記に挙げたのみでなく複雑な要素が関係していると考えざるを得ない。産休・育休や長期休業の場合は別だが、他の職種同様早退や休暇の際には交代人員はなく、児童生徒が在校している間の教師の不在は他の教員に負担をかけることになるため、受診や相談は後回しになってこじれやすい危険性も否めない。

 行政も教職員のメンタルヘルスヘルスや教師の精神性疾患による休職者の増加を看過しているわけではなく、都は全国に先駆けて精神保健や復職支援のシステムを構築し、予防活動や復職支援を実践している。各種の相談窓口の設置、学校現場を訪問しての相談活動や予防的活動など、職域病院を背景にして近年はより積極的に推進している。

 精神性疾患で休職した教師に対しては、健康支援、自宅療養と職場での復職準備をつなげる医療機関での復職支援、職場での復帰訓練といった段階的で丁寧な復職支援を実施しており、職場復帰訓練の専門部署も設置している。教職は会社とは異なり、配置替え、業務内容の変更や軽減は実際的ではない。復職したその日から一人分の教師として職務を遂行することが必要となる。担任の途中交代は保護者も多くは歓迎しないためもあり、最も忙しい時期ではあるが年度初めの4月1日からの復職を希望する教師・管理職がほとんどである。教壇に立てば、通常の教師としての授業・指導が要求される。自宅療養と学校現場の差はあまりに大きく、準備なしの復職は心身への負荷の急増、それによる健康状態の悪化・再休職の危険を内包している。自宅療養から学校現場に徐々に近づけていく、段階的で実際的な復職への準備が必要かつ重要な理由である。

 復職後の適応に関しては地域や学校によって、また休職以前の職場での人間関係や適応状態によっても状況は異なり、再休業の問題も看過できない。

 社会の変化に伴い、学校や教師への見方・捉え方も変化して当然であろう。同時に、近年の学校現場は大きく変化しており、学校の現状が世間に理解・把握されているのか疑問がある。結果や評価を具体的・直接的に表現することが難しい側面を持つ教育であり、地域や学校による特徴や違いも大きい。が、真面目で熱心な教師ほど多忙で、心身共に追い詰められて自信を失ったり、真摯に教育に取り組む優れた資質の教師が不調に陥り学校現場から離れてしまうことは避けたい。教師のメンタルヘルスは教育に直接関係する大きなテーマであり、教育活動への広範な影響も予想される。教師が心身ともに健康な状態で職務を遂行するためには、早期の受診や予防的な相談が必要に応じてできる柔軟な職場環境の整備が必要と考えている。

【参考資料】
1中島一憲「先生が壊れていく―精神科医のみた教育の危機」、弘文堂、2003
2真金薫子、中島一憲「教師のメンタルヘルス」、精神科治療学22、2007

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1.はじめに〜学校現場の多忙
2.保護者対応〜新規採用教員
3.異動の負荷〜終わりにかえて

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