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心と社会 No.104 32巻2号
特集
こころの癒しとしての音楽

第15回日本精神保健会議印象記

東京都精神医学総合研究所  林 直樹

 本年で15回目を迎える精神保健会議は、「こころの癒しとしての音楽」を全体テーマとして、約700人の聴衆を集めて開催された。そこでの講演の内容は、本誌に纏められている通りであるが、この印象記では、この会の言葉になりにくい雰囲気などを少しでも伝えることができればと思う。それぞれの講演は、音の世界の豊かさ・音楽の楽しみと心の豊かさとの間を行き来するものであったかと感じられる。

特別公演

◎日野原重明先生

 その最初として行われた日野原重明先生による講演は、一種特別の気迫のこもったものであった。そこでは、音楽の楽しみをひとつの軸として、医療のあるべき姿から人生論までさまざまな内容が語られた。先生は音楽が最高の芸術であるという孔子やゲーテの言葉を引いて、音楽の価値を確認する一方で、先生自身の音楽のたしなみが、御自身の若い時代の療養生活の中で培われたものであることを明かされた。このような辛い時代を耐えたこと、そしてその中で人生を豊かにする音楽と深く関わったことを知ることによって、先生のいう「音楽や文学を勉強することは、よく生きるということに通じる」、「病む人から私たちは学ぶことができる。病む人も表現やスポーツで輝くことができる」という言葉をより深く理解できるように感じられた。

 さらに先生は「新老人運動」として、75歳以上の人々によってこれからの日本をリードしてゆく運動を新たに興されたことを話された。この運動は、75歳になったら新しく何かを始めること、志を高く保ち、シンプルなライフスタイルを心がけること、そしてさまざまに社会に働きかけてゆくことを基本とするものである。

 講演で語られたもうひとつのテーマは、療養と看護の心得というべきものである。病気や老いは受容するものであって、慰めやはげましの対象ではない。むしろよく生きる、よく老いることが療養であり、それを援助するのが看病の本質であると説く。

 そしてさらに議論は現代社会の文化論にも及び、家庭の機能が弱まっている現状に警鐘をならし、人間の自然なあり方を家庭の中で話し合って世代間で共有することの大切さが指摘された。まさに先生の活動の広がりが如実に顕れた講演であったといえる。

フォーラム

 午後からは、音・音楽を題材とするフォーラムが行われた。そこでは、それぞれの発表で、時間がすぐに過ぎるような奇妙な感覚に捕われた。これは、音楽に造詣の深い講演者のそれぞれが聴衆をご自分のパフォーマンスに引き込む力を備えているゆえだろうと思われる。それぞれの発表を後の全体討論の部分も交えて簡単に記すなら次のようになろう。

◎鳥越けい子氏

 鳥越けい子氏は、サウンドスケープ(音風景)論に基づいて、木々を渡る風の音、光る川面から響く川音など、自然の音や生活の中の音に着目し、その豊かな世界を味わうことを促した。 また、風の通り道にベランダを設ける、木を植えるといったことも、それはいわばサウンドスケープのデザインをすることであり、それによって音の世界を新たに広げることができると指摘した。さらに、音のデザインについて専門的に研究することと並んで、個人がその感性を伸ばし、社会全体で音への意識を高めてゆくことの必要性が追加された。

◎門間陽子氏

 次の門間陽子氏は、人生のさまざまな局面を彩る音楽の役割について講演された。つまり、生活の中での音楽は人生の中で自分を確認する働きをし、さらに音楽と自分の人生を結びつけることはその人生の肯定に通じるのだという。そして音楽によって自分史を綴るという興味深い人生の捉え方の提案を行った。

◎村井靖児氏

 村井靖児氏は、精神科医療での音楽療法のひとつの役割として、同質性の原理と呼ばれる音楽の働きによって「受け入れられる」「わかってもらえている」と感じられることを示した。この働きは、精神療法の基本的な原理のひとつである受容に相通じるものである

◎齋藤考由氏
 齋藤考由氏は、これらのそれぞれにまとまっている発表に対して、あえて一石を投じて、ダイナミックな議論を引き起こそうとした。これは音楽療法が本来ダイナミックな過程であり、一応調和している状態に(たとえばリズムを変えるとか、即興を交えるとかで)あえて異質なものを導入することによって、より深い変化をもたらすことになるという彼の考え方とも通じるものであったろう。

 さらに、聴衆からの質問やコメントを交えて、議論は個々人の音楽のさまざまな受け取り方をめぐって展開された。そしてこれは音楽の多様な用い方があることを示して、議論に一層の奥行きを与えることになった。このフォーラムで見られた盛り上がりは、関係者の音楽と音楽療法に込める想いと音楽の人の心に対して持つ力を再確認するものであった。それだけに今後音楽療法が一層社会に受け入れられ、広く実施されるようになることが期待される。

まとめ


 最後にこの会のまとめとして、精神衛生会会長、秋元波留夫先生が精神医療の中で音楽療法が一層発展してゆかなければならないことを力説された。会の最初と最後にともに90歳を越えられた先生(日野原先生は今年90才を迎える)が登壇されたことで、実はこの会に通底していた今ひとつのテーマは、老いを越える情熱の力であったと感じられたのであった。これは、後に続くすべての世代への励ましでもある。

 このように、本会は、多くの余韻を残して、盛会のうちに幕を閉じた。会全体の企画・運営にあたられた村田信男、フォーラムの議論を盛り立てた司会の阪上正巳、本木下道子、全体の司会の田中ひろ子各氏の労を多としたい。

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