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心と社会 No.112 34巻2号
巻頭言

 精神障害者の就労支援から見る社会

外口 玉子
(社会福祉法人 かがやき会 理事長)

 

 精神障害者の社会参加の1つの形として「働くこと」が、当事者にも家族にも、社会的にも、めざす姿として漠然と描かれ、そのための支援のあり方も様々に議論されてきている。
 社会の側では、働くことについての考え方が変化しつつある。長引く不況で、労働時間を配分するワークシェアリングという考え方が出されたり、アルバイトや派遣を組み合わせて働く者が増加しており、高度成長時代からの終身雇用・年功序列の労働環境は崩れつつある。「所属する」ことの安定感より、「働く場所を組み合わせられる」自由を選択する人も増えている。働くことから生じる生活スタイルも、「朝出かけ、夜帰る」という一律的なパターンから多様化しつつある。

 このような社会変動の中で、これからの精神障害者の就労支援を考えていく必要がある。
 かつて、不登校の子どもへの対応として、学校に適応させようと努力する方向で取り組まれてきたが、今では画一的な教育システムへの問題提起として受け止められつつある。また、かつての引きこもりへの対応も、社会に出られないことを問題視し、社会に適応させる方向の働きかけであったが、現代社会の関係性のひずみへの問題提起ともとらえられている。

 同じように、今、精神障害者の就労支援の方向性は、現代社会の「働く環境や働き方」への問題提起となりうるのではないかととらえ返してみたい。

 就労支援の制度の乏しい精神保健領域において、その限られた取り組みを通しても、障害者の就労を可能にする要件が、いくつか確認されてきている。たとえば、労働を短時間にして複数の人で仕事の流れを維持していく、得意な仕事に限定して一人で受け持つ、2〜3人のグループで1つの仕事の責任を果たす、ジョブコーチのサポート体制を得て所定の業務遂行を保障する、特殊な技能の発揮が認められる場面を設定する、などである。

 このような精神障害者の就労の場に必要な条件を社会的に用意できる環境づくりに向けて、支援者、企業家、行政、地域住民が分担して責任を分け持つ就労支援システムが求められている。そこでは、働き手である精神障害者と雇用者との関係が、社会的ルールに基づいて成立するためのバックアップが重要となる。

 この現実的な要件をクリアするには、たとえば、精神障害者の就労の契約関係において、地域生活支援に携わる機関が後ろ盾になって信頼を担保する役割を担う試みがなされている。また、社会的なニーズが高く、人の手がより求められている領域に、新たに働く場所をつくり、働くことと地域社会への貢献とを結びつけて、自治体などのバックアップを得て起業する方策もとられている。もちろん、従来の共同作業所や授産施設の枠組みを使って、就労の場と機会を柔軟に提供し、個別的な就労形態の選択を可能にする支援方法や、企業との提携を探りつつ、さらなる検討がされている。

 筆者らの試みもまた、15年間の地域ケア福祉センターでの精神障害者の生活支援活動の延長線上に、3年前に就労センター「街」を建ち上げた。そこでは、通りから働く姿が見える喫茶店と、企業と技術提携して運営するパン工房を運営している。地域の人々がくつろぐために訪れる場が、精神障害者の働く場であることによって、従来とは異なった関係や経験の転換が生み出されている。

 このような場では、地域社会の人々が顧客として出入りし、業務に関連する様々な立場の人がそれぞれの目的で接するなど、社会的な関係が否応なく持ち込まれるなかで、障害者は期待される役割を受け止めながら、金銭・商品を媒体として、現実への具体的な対処を、自然な形で迫られることにもなっている。

 いろいろな意味をこめて働くことを選びとった精神障害者が、どのようなとき、どのような支援を必要とするのかについて確かめ合う作業が、スタッフとしての私たちの課題であった。一方で、事業の維持運営を担いながら、その一方で、働く障害者のその人らしさが発揮されるような支え方を求められ、葛藤を募らせてもいる。たとえば、業務が円滑に進行できるような技術的側面の支援、業務に取り組みやすい環境の整備、自己発揮しやすい役割分担、体調の管理への支援、治療関係の継続への支援など、多面的で多層的な支え方が求められている。

 支える立場でありながら、仕事を通じて生じてくる現実的な課題を提示する役割を担うことにもなる。一定の仕事の量や質を保てるように、業務を手伝いながら、障害者自身がやり遂げた実感を持てるようなかかわり方が求められている。

 精神障害者の地域生活支援の場づくりを担い続けてきた私としては、たえず、何のために、どのような支えをしようとしているのか、どのような見方で障害者の動きや変化を受け止めているのかを、スタッフに問いかけながら、互いの体験を蓄積していくことを重視してきた。

 この3年間、目に見えにくい関係の障害をもつ人たちが、目に見えやすい成果を求められる場で、働くことにチャレンジし、それぞれにとっての働くことの意味を見出そうとしてきている。

 精神障害者の働く場で生じている課題は、社会に通用している仕事の量・業務の成果・賃金など、一律的に評価されることによって浮上してくるが、それらは、今の社会に生きる私たちすべてにとっての共通の課題としてとらえ返す「発想の転換」が求められる。「働く」という社会的な活動の場で、障害者を支援する立場にある者としては、ふだん見失ったり、慣れてしまったり、見逃してしまっているようなことを、改めて気づかせられるようなフィードバックを受けている。複数の人と働く中で自分のペースが乱されるのに緊張や不安をつのらせやすい障害者の姿から、自分の役割について納得することや全体の中で自分の担っていることの意味を確かめ続けることの大切さが伝わってくる。

 自分が担える範囲を自覚し、担えないことは人と組んで成し遂げていく働き方を通して、自分を認めていこう。協働して責任をもち、充実感を得て、主体性を高めていくフィードバックサイクルを働く場に創り出そう。このメッセージは、働く場を、多様な人と出会う体験の場、異なる見方で自分を認められる場、柔軟で多様な働き方を通して担えることを確認する場などと、とらえ直し、新たな仕事文化を創造していく力として活かされるにちがいない。


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