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心と社会 No.125 37巻3号
巻頭言

人生100年、横縞から縦縞人生へ

樋口恵子
(評論家・東京家政大学名誉教授)

 20世紀後半で地球規模で普遍化した現象の1つが、先進国における長寿の獲得である。長寿化と少子化は、若干のタイムラグを持ちながらほとんどセットでやってきた。人生50年社会から人生80年社会へ、いや近ごろの80歳以上の人口の伸びを思うと、人生100年社会といってもそれほど大げさではない。日本では1.25という超少子化への対応に躍起だが、先進国はごく例外を除いてゆるやかな少子化か超少子化の道をたどっている。要するに少し昔に比べ2倍近く伸びた人生、半分以下に減った子ども、そして社会の人口構造はピラミッド型から細長いシリンダーと言うかボトル型へ。これぞ社会と個人の生き方のまさに構造的変化である。

人の一生の長さが変われば家族関係も変わる。介護保険制度ができたのは、その変化への対応だ。昔は介護の期間は短く、介護する嫁や子どもは若かった。今や親が80〜90代、介護家族が60代。老老介護は共倒れのもとだということが顕在化して、やっと社会的サポートに踏み切ったのである。

介護のような具体的問題はまだ対応しやすいが、目に見えない意識というのはなかなか変わらない。人生50年型社会に対応して出来上がった意識構造が、どんなに世の中の改革を阻んでいることか。個人の生き方もまた人生50年型の遺物のおかげでどんなにぎくしゃくしていることか。

人生50年型で出来上がった最近までのライフスタイルは、布地でいうならば大きな横縞模様の人生である。子ども時代は受験めざして勉強ばっかり。自然発生的な遊びの時間空間は極度に狭められ、スポーツも教育制度の枠の中。少し昔の子どもが従事した家業の手伝いという労働も姿を消した。

学業を終えて仕事に就けば、仕事ばっかりである。大学3年から就職活動に動き回り、職場では即戦力を求められ、30代ともなると長時間労働のピーク。これでは恋愛するヒマがない。セブン・イレブンとさえいわれる長時間労働の中で、恋愛が成立するのはよほど運と才能に恵まれた男女である。今どきは正職員になると女性も同じ仕事を求められるから、これでは少子化に歯止めはかかりそうにない。

その分、女が家庭にいて、家事と子育てに専念せよという人がいるが、子育ては24時間勤務、仕事のほうがずっと楽という声さえある。おまけに孤独の中の営みだ。子育てはみんなが喜んでくれて、何よりも夫が支えてくれてこそ楽しくできる。日本の父親の育児時間は統計的に見ても世界最低ランクで、育児無し(イクジナシ)パパと呼ばれても仕方がない。

女性は子どもができると約7割が出産までに退職する。とても働きつづけられそうにない職場の労働条件、子持ちの女に冷たい職場風土。育児休業制度が年々整備されるのは喜ばしいが、子どもを生んでそのまま働きつづける女性は23パーセントしかいない。子育て後の仕事はほとんど条件が悪いパートばっかり。だから国民の税金を使って大学や大学院に学んだ高学歴の女性たちは二度と職場に戻らない。一方、政府のキャンペーンにもかかわらず育児休業をとる男性は微々たるもので最新の発表では0.5パーセント。多くの職場ではまだ変わり者扱いだ。

やがて迎える定年。60歳を65歳にという法律はできたものの腰を据えて働ける環境とは言いがたい。「希望者は職場に残れる」というが、企業側が「希望」する人しか適用されない雰囲気もある。定年後はヒマばっかり。都内のある団地の広場に立派な藤棚があって、長いこと数人の定年退職者がたむろしていたが、このところ急に30人以上に増えた。団地建設時の新婚世代がいっせいに定年を迎えたからで、30人の集団が、駅に向かう現役世代をじっと見つめて目で追う。「あれは関所を通るみたいでいやですな。われら団塊が定年になったら藤棚の下からはみ出してしまいます」とは知人の団塊世代の弁である。数の力で近ごろ団塊世代の定年対策が論じられ始めた。男の生き方を変える1つの突破口になれば幸せである。

要するに、人生50年型人生は、子どもは勉強ばっかり、おとなの男は仕事ばっかり、女は家庭中心、再就職は非正規雇用ばっかり、そして定年後の男性はひまばっかり。「ばっかり」人生はゆとりが乏しく、はみ出した場合の復元力がなく、ギアの切替えがむずかしい。

これに反して人生100年型社会は布地でいえば縦縞人生だ。同じ位置にさまざまな色が縞模様を成している。子どもだってもう少し働いたほうがいいし、おとなになってからの教育機会がもっと整ってほしい。子どもには何よりも遊びが大切だし、妊娠・出産・授乳期の母親が男性より余計休暇を取ったとしても、それは生物学的な違いであって差別ではないだろう。年齢、性別、さらにそれ以上に大きな個性に応じて縞模様は自由自在に幅や色合いが変わってくる。しかし生涯を通して、家庭、仕事、学習、スポーツ、地域活動、趣味(遊び)、ボランティアと数えてみたらこれですでに七色。人生100年社会は七色の虹を大空に架けるような縦縞人生となり、かつ寄り道や一休みが自由になる条件が整う社会である。そうなったら、心の置き所拠り所も数が増えて今よりは気楽に生きられるのではないだろうか。


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