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心と社会 No.156
巻頭言

長崎での原子爆弾被爆者との関わり

中根允文
長崎大学名誉教授
公益財団法人 長崎原子爆弾被爆者対策協議会理事長

 昭和20年8月の原爆投下から数年間は、戦後の混乱期ということもあって、被爆者の治療ないし調査研究は、自ら多大な被害を被った長崎医科大学(当時)によって僅かに行われたに過ぎず、被爆者の実態が公表されることは殆どありませんでした。それでも昭和28年5月に、原爆障害者の治療救済を目的とした「長崎市原爆障害者治療対策協議会」が結成され、無料診療という活動が開始されました。しかし、そのための資金調達は極めて困難であり、県・市と協調して政府や国会への陳情を行う中で、昭和32(1957)年4月に「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律」(原爆医療法)が施行されることになり、被爆者の医療・福祉そして援護事業がようやく軌道に乗り始めました。昭和33年9月に、先の対策協議会は地元、県・市・大学・医師会・被爆者団体が中心になって改組され、財団法人となり(事務局は長崎市社会課内、のちに長崎原爆被爆者福祉会館、長崎原爆被爆者検査センター等に移設)、昭和36年2月から原爆医療法に基づく被爆者の健康診断(巡回検診を含む)が開始されました。原爆被爆者の健康管理体制を確立するために、平成4年3月からは長崎市が建設した「もりまちハートセンター」6階・7階に長崎市原子爆弾被爆者健康管理センターとして移設し、被爆者の一般検査・精密検査さらに健康指導を行ってきました。

 ここで、長崎の「被爆者」に関する分類を要約しておきます。何回か法整備があり、時代的に大きく変遷してきて、容易には理解し難いところもあります。まず、被爆者(平成6年から施行された「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(略称;被爆者援護法、原爆医療法・被爆者特別措置法を廃止)」第1条に基づく)は、直接被爆者(第1号)・入市者(第2号)・死体の処理及び救護に当った者等(第3号)および胎児(第4号)です。更に、同法付則第17条による被爆者と見なし健康診断の特例措置対象とする者(昭和49年10月および同51年9月施行)として、第一種健康診断受診者証を持っている者(原爆が投下された際、当時の西彼杵郡の区域内にあった者及びその者の胎児)、及び第二種健康診断受診者証を持っている者(平成14年4月に指定された健康診断特例区域[爆心地から12kmの区域内]に居た者、及びその者の胎児)も含まれます(詳細な地域名説明は省略)。

 被爆者健康診断は、国が長崎市・長崎県等と委託契約を結び、被爆者援護法に基づく検診事業(健康診断)として行っていますが、一般検査は昭和36(1961)年から、精密検査は昭和46年4月から、がん検診は昭和63年10月から実施され、被爆者の定期検診は年2回(但し、平成14年に開始された第二種健診受診者証所持者は年1回)受けることとされています。また、平成13年8月から国の事業として、受診を希望する原爆被爆者二世(両親又はそのどちらかが原爆被爆者で、長崎被爆は昭和21年6月4日以降に生まれた人)も検診受けることが出来るようになっています。

 次に、長崎市における原爆被爆者数の推移を紹介します(図1参照)。長崎市で被爆者手帳を交付された人は、1974年の83,289人をピークにし以後は急速に減ってきており、2013年には37,574人(男13,804人、女23,770人;参考までに全国の被爆者は201,779人、長崎県全体で52,737人)になっています。分類別の割合を見ると(2013年)、第1号が27,890人(被爆者全体の74.2%)、第2号が5,710人(同じく15.2%)、第3号が2,862人(同じく7.6%)、そして第4号が1,112人(同じく3.0%)になっています。

 長崎市民の中に占める割合も図2に見るように、2013年には8.5%になっています。また、健診(一般検査)を受ける人の数は、原対協に限ると図3のように40%台になってきています。この「右肩下がり」という傾向は、被爆者の高齢化が大きく影響してきていると考えます(2013年現在の平均年齢は78.2歳、男76.2、女79.4歳)。図3では、一般検査受診状況(各年2回の受診が用意されているので、延受診率にすると100%を越えるので、実際に受診した被爆者を基にした実受診率)が1997年頃までは鋸歯のような凸凹を見ていますが、これは被爆者手帳更新を翌年に控えている時に突出する傾向を見ていたようで、更新制度がなくなった1999年からは、なだらかな右肩下がりになっています。これも被爆者が高齢化しているために、健康管理センターだけでなく市内各所で行われる検診の受診率も低下した影響と考えます。このように被爆者実数が減少し、且つ受診率が低下してきているという現実を見る時、いつまで被爆者の検診を継続して行うべきかが現実的な課題であります。1960年を過ぎた頃から50年経過した各種検診サービスを今後どのような方向に持っていくべきかを模索中です。

 いま、私は長崎にいて、こうした原爆被爆者の検診事業(健康診断)等に関わっています。現実は検診業務そのものに関わるというより、充実した検診内容の展開に気を配っているというところです。市内各所で行う地区検診(2班に分かれて各班が半年で60箇所、98日実施)に時に同行して、受診者の方々と会話しながら、様々に細分化されている被爆者への一般検査・精密検査の内容を充実させ、がん検診の種類を増大させて提供すること、あるいは被曝二世・三世への更なる働きかけなどを考えてきています。特に、私自身が精神科医であることから、被爆者が常々懸念する原爆被爆による各種の不安等を前提にした各種ストレスからの解放に努めたいと考えています。長崎では、従来の被爆地域周辺に居た人たちの精神保健調査から「被爆体験者」(第二種、2013年現在長崎市で6,944人、長崎県全体で8,792人)を誕生させた経緯があります。そうした人達における心身の健康を改善し生活の質を向上させるために、これからさきに為すべき事を日々考えているところです。

謝辞:本稿の執筆に当たっては、当協議会の健診センター部門・中央検診所の松尾辰樹所長(内科医)の協力を得たので感謝する。

参考資料(文献は略)
1)公益財団法人 長崎原子爆弾被爆者対策協議会:平成8〜25年版 事業概要,1996〜2013
2)長崎市市民局原爆被爆対策部:平成25年版原爆被爆者対策事業概要,平成25年7月

図1 被爆者数の推移(被爆者手帳長崎市交付数、人)
図2 被爆者数の推移(被爆者手帳長崎市交付数、長崎市人口の中の被爆者比率、%)
図3 一般検査受診状況(実受診率、%)

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