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心と社会 No.158
巻頭言

差別法(欠格条項)から平等法へ
障害と法律─自動車運転関連法規をめぐって

風祭 元
帝京大学名誉教授

 わが国では、これまでさまざまな法律にいわゆる欠格条項が設けられていることが多く、しばしば障害者に対する差別を助長・固定するとして問題になっていた。

  欠格条項とは、職業選択や資格取得にあたって、個人の障害や社会状況などによって一定の制限を加えるもので、たとえば、成年被後見人や禁固以上の刑の執行が終了しないものは公務員には採用されず、また、医師や公認会計士などの国家資格の取得についてもさまざまな欠格条項が規定されていた。しかし、2001年に、全部の法律について欠格条項や差別的表現の解消がはかられた。たとえば旧医師法での、「目が見えない者、耳が聞こえない者又は口がきけない者には免許を与えない」(絶対欠格)となっていた条項が、「心身の障害により医師の業務を適切に出来ない者として厚生労働省令で定めるものには免許を与えないことがある」(相対欠格)と改められた。

  近年の法規で、欠格条項の表現が大きな問題となっていたものに、自動車運転に関する道路交通法関連の法規がある。2011年4月に栃木県鹿沼市で歩道を歩行中の小学生にクレーン車が突っ込んで6名を死亡させる事故があり、運転手は治療中のてんかんの患者で、事故はてんかん発作によるものと推定された。患者は自動車運転過失致死罪で起訴されて懲役7年の刑が確定し、患者の家族と雇主には多額の賠償金が請求された。この事故で、突然に愛児を失った遺族の怒りと悲しみはわれわれによく理解できるが、一方、障害者の治療に携わっている医療関係者としては、障害者にきびしい司法判断のように思われた。

  この事故をきっかけに、自動車運転免許の取得についての法規における病気に関する規定とその運用があらためて注目されて検討された。

  戦前のわが国では、自動車運転は職業運転手のみが行う業務だったので、当時の「自動車取締令」は、精神病者(当時はてんかんを含む)への運転免許の交付を禁じ、1960年に制定された旧道路交通法でも「てんかん病者には免許を与えない」とされていた。1967年に道路交通法施行規則の運用が厳密になり、免許の新規取得や更新の際に医師の診断書が必要となったので大きな社会問題となり、この運用は約1年後には廃止された。この機会に、学会でも世界の先進諸国の事情について調査が行われ、1992年に、日本てんかん学会は「てんかんをもつ人における運転適性の判定指針」を作成し、2002年にはその改訂版を発表した。2002年には、この意見にほぼ沿った内容で、道路交通法と施行令が改訂され、てんかんなどの病気があっても運転に支障がないと医師が診断すれば運転免許が与えられるようになり、現在では、幻覚を伴う精神病、意識喪失発作、睡眠発作、無自覚性低血糖、アルコールや薬物中毒を持つものには、道路交通法施行令によって免許取得が制限されているが、病名による欠格条項はなくなり、運用基準も医師の意見を容れて合理的に定められた。

  自動車運転は免許試験合格が条件になる精密機器の操縦であり、運転ミスは大きな事故につながる可能性がある。したがって事故を起こす可能性の大きい障害を持つものが、法律によって一定の制限を課せられるのはやむを得ないことであるが、特定の疾患を絶対的欠格として排除するのは、障害者の社会参加を最初から排除することになり好ましくない。それぞれの法規の内容に沿った合理的条件が明記された相対的欠格条項とされることが望ましい。

  運転に関連するもう一つの大きな問題は認知機能の低下した高齢者の運転の問題である。1934年生まれの私は、かなり以前に運転免許証を返上しているが、同年輩の友人の中には運転を続けているものも少なくない。彼らの中には、免許更新の際に高齢者に課せられるテストに対して不快感や屈辱感をあらわに示し、運転技術や注意力が若い時と変わらないことを誇示するものもいる。しかし、信号無視、店舗への飛び込み、高速道路の逆走などの大事故の多くが高齢運転者の認知・注意機能の低下によることを考えると、日常生活に自動車の運転が不可欠な地域があることを考慮しても、道路交通法の認知症患者に対する運転免許証不交付の規定以外に、高齢者に対してもう少しきびしい法の運用が望ましいかもしれない。

  障害者の医療福祉の歴史は社会の差別や偏見から障害者を守る歴史でもあった。これまでの法律では、障害者を不当に差別し、医療福祉への参加を阻害する内容のものも少なくなかった。日本精神神経学会などの関連学会でも「患者の自動車運転に関する精神科医のためのガイドライン」の案が検討されている。公表されているガイドラインには、てんかんや睡眠障害についてや、薬物服用中の医師の対応が含まれておらず、試案の段階であると思われるが、すべての法の本来の精神は、障害の有無にかかわらず、全国民のためのものである。差別法から平等法への動きの中で、これからはより広い視点に立った法の規制と運用が求められると考える。

参考文献
1)風祭 元:自動車運転免許と発作性疾患.日本医事新報,4546号,31-34,2011
2)風祭 元:てんかんと自動車運転適性.こころの科学,159号,10-13,2011
3)日本精神神経学会:自動車車運転に関する精神科医のためのガイドライン,2014(https://www.jspn.or.jp/activity/opinion/car_crash_penalty/files/20140625_guldeline.pdf)

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