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心と社会 No.189 2022
巻頭言

現代社会の危機と心身の反応及び対策

久保 千春
日本心療内科学会 理事長・中村学園大学 学長

 現代社会は、グローバル化、情報化、少子高齢化などが進み、政治、経済、社会全体が不安定化している。学校、職場、家庭、地域社会などの生活環境においても、人間関係が希薄化し、さまざまな事件が起こっている。また、地球規模では、新興感染症、紛争、温暖化、大気汚染、人口増加、食料問題、地震や台風の自然災害などの問題が生じている。毎日いろいろな事件が起こり、こころは社会の出来事に左右され、揺り動かされている。

1.最近の社会に生じた衝撃的事件

 2019年12月、中国武漢で発生した新型コロナウイルス感染症はパンデミックに拡大して現在まで続いており、2022年7月オミクロン株の第7波がきている。世界中の社会、経済、文化や日常生活の活動及び個人の身体・心理・社会的側面にも大きな影響を及ぼしている。

 2021年12月17日大阪市北区で起きたクリニックでの放火殺人事件、2022年1月27日埼玉県ふじみ野市の訪問診療医射殺事件など痛ましい事件が起こっている。これらの背景には社会交流がなく、孤独・孤立であることや経済状況が厳しいことなどの社会経済状況が関係していると思われる。

 2022年2月24日からはじまったロシアのウクライナ侵攻はウクライナの爆撃による多くの死傷者や建物の破壊など連日悲惨な状況が報道されている。また、エネルギー高騰や食糧危機などが起こっており、5ヶ月経った7月現在、収束の兆しは見えていない。連日テレビ、新聞などで報道されているが、見たり、聞いたりするたびにこころが不安な気持ちになる。

 最近では7月8日安倍元首相が銃撃されて死亡した事件がある。このようなことが日本で起こるのかと思わされる大変衝撃的な事件であり、多くの人々がショックを受けた。そのほか虐待や殺人などの生々しい事件が日々繰り返し報道されている。

2.事件による心身の反応

 このような事件は人々に心身のストレス反応を引き起こしている。ストレス解消が適切になされずに長期間持続すると行動、精神症状や身体症状などとして現れる。行動として、拒絶、孤立、ひきこもり、飲酒、過食などがみられる。精神症状として不安、イライラ、悲観、他責や排他的などとなる。身体症状として不眠、頭痛、食欲不振、口内炎、高血圧、過敏性腸症候群などがみられたりする。また、ストレスが続くと、食事、睡眠、運動などの生活習慣に大きな影響を及ぼし、生活習慣の乱れによって病気が引き起こされる。

3.自殺と対策

 ストレス反応の最も厳しいものとして自殺がある。自殺者数は平成10(1998)年に3万人を超えて以降、3万人前後の状態が続いていた。その状況に対処するため自殺対策基本法が2006年制定された。2010年以降は減少し、2012年は3万人を下回り、2019年は2万人まで減少してきていた。ところが、2020年の全国の自殺者数は、2019年より912人(4.5%)多い21,081人だった。自殺者は10年連続で減少していたが、リーマン・ショック後の2009年以来、11年ぶりに前年を上回った。弱小者にしわ寄せがいき、特に若い女性の自殺者は935人増の7,026人と大幅に増えた。新型コロナウイルス感染者の拡大で生活環境の変化や、雇用など先行きへの不安が心理的な負担になっていると指摘されている。また、小中高生の自殺者数は499人で、統計のある1980年以来、最多だった。自殺防止対策は社会・行政、職場、家庭、個人のレベルから対応していくことが必要である。社会・行政の支援として、都道府県・政令指定都市が実施しているこころの健康電話相談、一般社団法人いのちの電話、特定非営利活動法人いのちSOSや子供のSOSなどの相談窓口などがある。電話だけでなくメール相談やSNSなどでの相談も設けられている。

 政府は昨年12月に孤独・孤立対策推進会議を発足させ、見守り・交流の場や居場所づくり、生活の支援・住まいの支援、困窮者支援団体等の活動支援などを行うこととしている。

 職場の対策としては、ストレスへの気づきと対処などのセルフケア、管理監督者による職場環境などの改善と個別の指導、メンタルヘルスチェックや産業医、衛生管理士による職場の実態把握が必要である。また、専門スタッフによる個別指導や相談、管理監督者への教育研修、労働時間のチェック、職場外の資源によるケア、労働時間の管理などにより自殺対策がなされてきている。

 家庭の対策としては、家族や周囲の対応が大きく、その兆候に気づくことが大事である。自殺の兆候として、食欲不振、体重減少、倦怠感、頭痛、睡眠障害、元気がない、笑いがない、抑うつ的などの症状が見られる。

 個人レベルの対策としては、惨事の報道に接した量と心理的反応は比例し、繰り返しの視聴はストレス反応を高めることが知られているので、惨事報道を繰り返し見ないようにして、刺激を最小にする。見る時はテレビの映像ではなく、新聞やネットの記事で情報を見るようにする。また、生活リズムを整えること、ストレスの気づきと適度な発散、リラックス法を持つことや相談相手がいることが重要である。相談相手がいなければいのちの電話などの社会システムを利用することである。

おわりに

 現在国内外に政治、経済、社会の緊張が生じ、紛争をはじめとしてさまざまな出来事が生じている。人類の危機ともいえる状況である。

 一方、情報科学は大きく発展し、人工知能、ロボット、ビッグデータ、などの活用によるSociety5.0の時代に入っている。チャールズ・ダーウィンは「人間の由来」の本で、人間は高尚な資質を持ち、ささやかなものに慈悲心を及ぼし、神のような知性を持っているが、人間にはその起源が下等なものからきたという刻印が刻まれている。人の知恵はいつも叡智であるわけはなく、知能をあまり自由にさせておくのは人類破滅の危険がある、と述べている。今まさに、このことが現実のものになるのではないかと危惧されており、どのような対策とるかが問われている。

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