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心と社会 No.192 2023
巻頭言

適応障害とうつ病─その対応について

樋口 輝彦
一般社団法人日本うつ病センター

 最近、適応障害の診断が目につくようになったように思うのは私だけだろうか。うつ病が年々増加傾向にあるというが、実は適応障害のうつ状態が増えているのであって、うつ病自体はそこまで増加していないのではないかと思ったりもする。それだけうつ病とうつ状態を伴う適応障害の区別は難しいと言えるのかも知れない。

 かなり因果関係が明確で反応性に生じたうつ状態、しかも休業することで比較的短期間でうつ状態が消失するものは誰が見ても「適応障害」と診断することに疑問の余地がないであろう。一方、うつ状態が比較的重く、気分の日内変動が明らかであり、気分の落ち込みだけでなく意欲・気力も低下しており、その状態を引き起こしている要因が明らかでなく、場合によっては家族負因があるような場合にはうつ病を強く疑う……これも多くの精神科医の意見が一致するところである。問題はこれら両極の間にある多数のケースにおいて、どこで線引きをするか、できるかという問題である。

 では、なぜ「うつ病か」「適応障害か」の区別が必要なのだろうか。ある医師は次のように言うであろう。「どちらもうつ状態を示しており、どちらも抗うつ薬で治療するわけだからあまり診断にこだわる意味はないのでは?」 他の医師はこう言うかもしれない。「診断は治療法の選択に必要なステップであり、診断が違えば治療法が異なるのだから診断は極めて重要」。筆者は次のように考える。うつ病と適応障害(うつ状態)はそもそも明確に分けられるものではない。うつ病の患者の中にも適応障害的要素が含まれる場合が決して少なくない。適応障害と診断したケースもその後環境が変わりストレスがなくなったにもかかわらず、うつ状態が持続しており、うつ病と診断変更するケースもある。実際の臨床の場においては教科書通りの適応障害やうつ病を見る機会の方がむしろ少ないかもしれない。であるならば、診断がいずれであっても、治療に関しては内因、心因、環境因のいずれについても検討し、方針を立てるべきである。

 適応障害という時にしばしば職場で誤解されて対応されていることがある。それは「適応障害」は「適応能力が低く、適応できないために障害が生じる人」という理解である。これだけであると「その人が自ら適応能力を高めて現在の環境に自分を適応する努力が必要」ということになる。しかし、これだけでは片手落ちである。その人が適応障害を起こした環境の側の問題は何か、それをどのように解決できるかについて職場サイドも考える必要がある。このことはうつ病にも当てはまる。うつ病は本来脆弱性を持った人が何らかの誘因で落ち込み、身体的にも精神的にもエネルギーが枯渇した状態であり、まずは心身の休息をとり抗うつ薬の力を借りてエネルギーの再蓄積を図ることが基本であるが、それだけで社会復帰するとしばしば再発する。休職を繰り返す例が問題になっている。最近ではリワークプログラムを体験することにより再発を減らせることが報告されるようになり、復職前のリワークプログラムを義務付ける企業も増えている。リワークプログラムの中身を見ると、そこには必ず本人による「振り返り(なぜうつ病に至ったか)」と「集団認知行動療法」が含まれている。そこでは、内因は薬にまかせるとして、心因と環境因を扱うことが必要不可欠ということになる。

 適応障害が起こる背景には何らかの環境(ストレス)があり、それを自分の力でうまく解決できないことから心身の症状が出現すると考えられる。対処の仕方は第一にその環境(ストレス)を変えることができるかを検討すること。これは本人と職場の関係者が共同して行うべき作業である。第二にストレスへの対処法がうまく行っていないかを自ら検討し、新たな対処法を身につけること。その場合、一人でこの作業を行うことが難しい場合には心理士の援助を仰ぐことが有効な場合がある。第三に症状を軽減させるために少量の抗不安薬あるいは抗うつ薬を服用する。以上が適応障害の治療の基本であろう。

 何が言いたいかといえば、うつ病でも適応障害でも、ウェイトが内因にあるか環境要因にあるかの違いがあるにせよ、治療を行い、リカバリーを目指すためにはほぼ同じプロセスが必要なのではないか、言い換えれば診断にそこまでこだわる意味はないのではないかということである。

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