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心と社会 No.195 2024
巻頭言

子どもの精神科から見た精神疾患の変遷─臨床的印象から─

市川宏伸
錦糸町クボタクリニック

 私が子どもの精神科医になるため、大学の精神科医局に入ったのは45年ほど前であった。当時は子どもの精神科を目指す医師は珍しく、「子どもの精神科だけじゃ飯は食えないから、まず成人の精神科を勉強しろ」と言われて、約3年間はひたすら統合失調症やうつ病の勉強をした。当時勤務した古い病院は畳の病室であり、布団の敷き方で入院者数は変わった。クロルプロマジン、ハロペリドールなどが投与され、通常の電気治療法は日常的に行われていた。

 現在では珍しい緊張病型の統合失調症は珍しくなく、時にはスタッフが駆け付けなくてはいけないこともあった。保護室で空手二段の統合失調症の女性の患者さんと話をしている際にドアの自動ロックが閉まってしまったことがあった。看護師さんが食事を運んでくるまでの間、「どうやって怒らせないようにしようか」考えて、必死によもやま話をしたのを思い出す。

 約3年経過してから、日本で最大規模の子どもの精神科病院に奉職したが、成人の精神科を勉強することで、患者さんの予後が予測できて助かった。子どもの精神科に移って、重度の知的障害のある患者さんたちも入院しており、現在は強度行動障害とされている。この頃の子どもの精神科で一番話題になっていたのは不登校であったが、当時の教育の対応は「学校に来ないのは、来ない本人に問題がある」と言う対応であったから、病院を訪れる子どもは増加の一途であった。自分がどうして学校に行けなくなったか悩み、登校を促進する家族に暴力を振るう子どももいた。多くは知的水準に問題はなく、学力も優秀であった不登校児であったから、思春期の病棟で対応していた。抗精神病薬を使用しなくても、一定の期間経過すると落ち着く子どもも多かったが、院内の学校には登校できても、地元の学校に再登校するには心理的葛藤があるようで、気持ちの切り替えに時間が必要であった。現在より子どもの数が多く、障害のある子どもは通常の幼稚園や保育園には入れてもらえず、病院の就学前病棟は入院半年待ちであった。

 もちろん、統合失調症と診断される児童は、小学校5〜6年からは珍しくなく、うつ病と診断できる生徒は中学校2年くらいからいた。幼い頃からエピソードがあって小学校高学年になって発症してくる統合失調症と、極めて優秀な子どもさんが発症してくる例があった。症状の激しい小学校高学年の女子にハロペリドール換算で30mg/日位処方が必要なこともあった。成人の病院では珍しい、自閉症(自閉スペクトラム症:ASD)、微細脳機能不全(注意欠如・多動症:ADHD)と診断される患者さんも受診していた。

 外来受診者で見ると、平成5年頃からこれらの診断を受ける患者さんは徐々に増加し、統合失調症と診断される方は減っていった。平成20年頃になると、この傾向は顕著となり、いわゆる成人になって生じてくる精神疾患は激減していった。一方で、ASDやADHDと診断する小児は増加していった。平成5年の都立梅ヶ丘病院統計、平成28年都立小児総合医療センター統計で比較すると、ICD-10のF7〜9と診断される方の比率は増加しており、F0〜3と診断される方は激減している。一方でF4〜6と診断される方はほぼ変化がない。F0〜3には統合失調症やうつ病など、F4〜6には不安症、強迫症、PTSD、解離症など、F7〜9には知的障害、ASD、ADHDなどが含まれている(図1参照)。


図1

 現在も週3日、精神科外来を続けているが、確かに小学生で統合失調症と診断する児童は皆無に近い。一方で、ASD、ADHDと診断する子どもは増加している。また、成人になってこれらを疑って受診する方は増えている。成人の統合失調症であっても、いわゆる緊張型と思われる方にはお会いすることは減っている。以前は、周囲を操作する高校生くらいのパーソナリティ障害と思われる女子に会ったが、今は自傷行為や多量服薬など自分に向かう方が多い。

 平成10年くらいを境に、ASDで外来を訪れる方は、知的障害のない方が増加していった(図2)。こういう方が一般人口に増加したわけではなく、「知的遅れがなくても受診する意味がある」、と考えられたからであろう。同様に“発達障害”とされる方々も近年増加したわけではなく、元々いたのだが、疾患とは考えられず、“困った奴”、“怠けている奴”とされていたと思われる。社会の変化の中で、「どうやって普通の人にして、社会に役立たせるか」から、「その人の特性を生かして、社会に役立ってもらおう」に変化している中途の段階と思われる。

 社会状況の変化の中で、外来で診る精神疾患も変わっているように思われる。診療場面でも、患者さんへの社会の対応の仕方、向精神薬の改良なども影響しているのではないか?

図1 児童青年精神科の外来初診者の診断割合(ICD-10)─都立梅ヶ丘病院、都立小児総合医療センターこころの専門部─
*都立梅ヶ丘病院は平成22年3月から都立小児総合医療センターに合併されている
図2 機能別広汎性発達障害の変遷─都立梅ヶ丘病院─

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