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心と社会 No.95 30巻1号
随 想
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音 響きあう中に
国立秩父学園 園長(小児神経科医師)吉野邦夫
自閉症の小中学生たちとバンドを組んで演奏発表する機会があった。各自ができる楽器を選んで演奏するのだが、問題が2つあった。1つは太鼓を選んだAくんで、彼にはどうしても3拍子のリズムがとれない。もう1つはすぐに所定の場所から逃げてしまうBくん。Aくんは家庭での練習をお願いした。彼は毎晩玄関先で父親の帰宅を待ち、ドアが開くや「太鼓!」と練習を要求するよう心がスケジュール化された。「帰宅するとすぐにハイッ1・2・3、2・2・3……は疲れました」とは父親の弁。Bくんには指導員さんのアイデアで床に名札と足裏のシールを貼ると、こだわりの彼はそこが立つ位置であることを認識して逃げなくなった。かくて練習と工夫の甲斐あって無事に演奏を終了し、万雷の拍手を受けた。それぞれの特性やレベルを理解し、工夫と努力を重ねると花開くことを学んだ楽しい思い出である。以来、楽譜の苦手なオジさんバンドを組んだり、やれる範囲で参加するための素人編曲を楽しんだりしている。
この頃、音楽療法や障害児者の音楽活動の話題を耳にすることが多い。レジャーや生き甲斐として音楽や多様なアートを楽しむことは、障害の有無に拘わらず人の心や生活の潤いである。特に知的障害では良いレジャースキルを身につけて、有効に余暇を過ごす力を育てることが社会適応や自立につながる重要な因子の一つと考えられている。高機能自閉症のSくんは、学校生活で傷ついた心をドラムにぶつけて自らを癒しているそうな。
「音楽療法とは」と難しくいうと研究者でもない素人の私には発言する資格も答えるすべもないし、便秘にいい音楽療法の類はどうも気持ちが馴染めないが、音楽の良さは身近でだれでも感じたり楽しんだりできる点であり、その日常性と普遍性にあるのだろう。
音楽は楽しければいい、面白ければいいといえばその通りで、障害児がバンド演奏やカラオケに行くのもいいが、療育としての音楽にはもっと深く音の響きと人の心身の動きを観察し、それを手段として発達や回復、癒しや楽しみに作り上げ、育て上げようという世界や次元もある。そこでは人間としての響きが問われていると感じる。
知的障害の女性Kさんは先天盲に幼児期の点頭てんかんがあって、言葉もなく独力ではほとんど移動することもない文字どおりの重度障害者である。昼夜が逆転して昼間は眠っていることも珍しくないが、昼間に目覚めていたとしてもこれといってまとまった目的行動もなく、見えない目を虚空に向けて首を振ったり、畳を爪でカリカリ掻いていたり、自分の頭を叩いてコブをつくる、といった行動がみられるだけである。われわれの目には「無為」に時を過ごしているようにみえるが、果たして「無為」なのかどうかは当人と神様が判断する領域である。彼女はそのような時間を生きているが、いつの頃からか、そのKさんが上機嫌の時に一つのメロディーをハミングしていることに気づいた。ほんの1〜2小節程度の短い旋律である。童謡風でもあり、交響曲の主旋律風でもあるが、彼女の創作に違いない。今日はこの旋律、別の日にはまた別の旋律が、介護職員の手で妨げられるまで飽きることなく繰り返し歌われる。驚いたことには、障害児にはむずかしい3拍子のワルツのリズムや半音階まで用いられている。私も彼女の旋律を直ちにキーボードで合わせたり、一緒に歌ったりするが、どうもお気に召さないのか中断してしまう。こちらが止めるとまた歌いだし、結局いく度試みても一緒に楽しむことはできなかった。近くから童謡や演歌が聞こえる雑居の中で学習したものか、彼女の脳が自力で編み出したものかは分からない。しかしながら、「無為」と思われた彼女の心と時間の中にこのような旋律が流れていることは驚きであった。誰のものでもない、彼女だけの音楽である。モーツアルトやショパンの昔のサロンでは、ホストや客が与える簡単な音を主旋律に用いて音楽家が即興演奏することが流行したそうだが、私に才能があればそれを真似て彼女の曲を残したいと思うほどやさしい調べである。
彼女のように一言も解さず話せない重度の障害者の中に、童謡を口ずさんだり旋律をハミングする人がいることを、臨床家や療育者はよく知っている。知的障害者の中にはイディオ・サヴァン
Idiot savant と呼ばれる驚異的な記憶力や絵画的、音楽的才能を示す人がいることも周知のことである。一度聞いた旋律を直ちに鍵盤上で再現する人や、ピアノ演奏家としてステージに立つ人のことも聞いた覚えがある。近くは大江光氏の音楽も大いに楽しませてもらっている。そういえば、しょっちゅうカンシャクを起こして周囲の人に噛みついていたTさんも、最近はヘッドホーンでCDを聴いて心を落ち着かせているが、曲は光氏の音楽にはまっていて、それでないとダメらしい。
音楽的能力は知能を司る脳機能とは別に存在することは確かであるが、どのような独立性と関連性をもつか、脳のどこの局在機能なのか、どのように記憶され保持されるのか、神経学を学ぶ者にとっての興味もある。また療育者や福祉活動家なら、こうした音楽が障害者の日常や生命活動にどのように役割を果たし、心を楽しませ慰めているか、あるいは機能回復や発達に役立っているかに関心をもつであろう。高齢者や末期患者の癒しの音楽から自閉症児の聴覚過敏への対応や重度障害児のスヌーズレンまで、音楽療法もしくは音楽活動や刺激が、あらゆる障害のレベルに適応されている。音が人を癒し楽しませるということは、どういうことであろうか。まだ未知のことも多いが魅力的な領域であることは間違いなく、その活動の広がりと興隆で障害児者のQOLが高まることを歓迎している。
しかし、音楽活動は「良いことずくめ」とは限らない。しばしば嫌なことも聞く。
人前で歌うことが大嫌いな高齢者が施設の音楽療法とやらで歌うことを強要され、しぶしぶ歌ったところ、指導員は「やっと私たちに心を開いてくれた」と評価した、という記事を読んだ。罪つくりで迷惑な音楽療法である。
自閉症児のYくんはまだ言葉も出ないが、幼稚園の鼓笛隊の練習が気に入ったのか、帰宅してもマーチングの格好を繰り返していた。しかし幼稚園の練習ではどうしても半歩遅れたり、一拍ずれたりする。体育祭の前日、Yくんの家族は担任から体育祭を欠席して欲しいと要請され、やむをえず受諾した。大人の都合を知らないYくんは、その後もマーチング遊びを繰り返していて、家族は一層やりきれない気持ちになったという。これに類する話は日本のあちこちにあるようで、宮崎隆太郎氏の『障害児とつきあう感性』(ルガール社)にも「音の出ない笛」という一章がある。こちらは、卒業生を送る合奏に障害児の吹く笛は雑音だとして、穴をテープで塞いで音を出なくした笛を渡された話である。この手の話は後を絶たない。
私は障害児の医療ケアや療育を生業にしているが、「能力が伸び、障害を少しでも越えられることで生きやすくなるのであれば、それは当然うれしいことです。その意味では、治療や訓練、あるいは教育そのものの大切さを認めなければなりません。しかし、そこで私が懸念するのは、能力発達や障害克服の試みがほんとうにその人の生きやすさや生活の豊かさにつながっているかということです」(『発達心理学入門』岩波書店)という発達心理学者の浜田寿美男氏の言葉をとても大切にしている。いやしくも教育や訓練に携わる者は常にこうした自戒が必要で、訓練のための訓練、教育のための教育を慎むべきであろう。訓練され教育されるべきはまずわれわれであって、決して障害児ではなく、彼らは楽しみつつ練習を繰り返すのみであると思っている。傲慢や独善に傾く訓練や教育を嫌い、やらせの教育や強要の訓練には組しない立場である。
しかしまた、反療育的な立場の人の主張がややもすると「そのままでいい、自然のままで受容しよう」から無責任な放置と一体化することにもおおいに懸念がある。知的障害や行動障害は異文化性の故に共生、共存が危うくなることも珍しくない。こちらが彼らの文化を可能なかぎり理解すると同時に、彼らも可能なかぎりこちらの文化に近づいて習得することも共生する上に必要で、そこに援助や支援の大きな意味がある。障害者を過剰に尊敬し拝跪することも差別の裏返しに過ぎず、相互の努力なしにノーマライゼーションを語るのは、絵に描いた餅と同じである。プロは発達の段階や見通し、障害の内容や気持ちをきちんと把握し、援助方法の意味や限界を正しく知って実践適用する責任と義務を担っていることを自覚すべきであろう。
日本人の極論好きのせいか、それとも白か黒かの単純化に染まる時代のせいか、どうも療育の世界、ことに知的障害の育成は混乱や分裂が見える。やさしさや暖かさと同時に、リアリストの眼や科学的精神とのバランスが求められるゆえんである。
この冬の学園のクリスマス会で、職員や学生たちと組んで「聖者の行進」を演奏した。前の席の園生さんが体を揺すって演奏にのってくれたことが嬉しかった。でもまだ演奏者:聴衆の関係で、一緒に演奏に参加してもらった訳ではない。来年あるいは再来年は一緒にできたらいいな。いや、きっとできるさ。
Sさんは幼児期から運動や知的発達の遅れが著しく、少しストレスがかかると過呼吸→無呼吸→意識消失を繰り返していた。歩行も入学する頃にやっとできるようになったが有意語はなく、明るい将来展望が描きにくい重度障害児であった。しかし母親は時々のわれわれの助言を参考にしつつ、くじけることなく根気づよい発達の援助を続けていた。そのSさんも中学生になって、養護学校の運動会で母親とフォークダンスをしているのを目撃した。もちろん音楽に合わせてのリズムや振りは下手であるが喜びの声や嬉々とした表情で踊り、また相手をする母親の慈愛に満ちた楽しげな様子は神々しく、幼児期からの困難さと母子の努力の過程を知っているだけにしばらくは涙を禁じえなかった。
療育に携わっていると、こういう人間や人生に出会える。「一人ひとりを大切に」とか、「みんなで助け合って」といった世の欺瞞に満ちた奇麗事にうんざりするが、少しは信じることもできる。努力により水が下から上に流れる奇跡や、「愚公が山を移す」ことも本当だと思える。いつか一緒に音楽を楽しむこともできるさ、と励まされる。療育の楽しさと喜びは人との出会いである。
いたずらに希望をもたず、かといって絶望もせず、人間として豊かに響きあい、刺激したり癒しあう関係を音楽が仲立ちしてくれたら、と願っている。深く関わる、深く見つめ感じることを厭う希薄な時代ではあるが・・・・・・。
国立秩父学園:国立(厚生省)の知的障害児施設で、重度障害、行動障害、視覚障害や聴覚障害の重複障害の児童入所施設。付属の保護指導専門職員養成所がある。
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