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心と社会 No.98 30巻4号
特集 高齢者の介護

痴呆性高齢者の心理
−その理解と対応−

藤沢病院・清流苑 精神科医 室伏君士

 痴呆性高齢者の心理は、痴呆というハンディキャップをもちながら生きていく老人の日常生活における態度や言動に、その力動の意味を理解でき対応がわかる。これについて、臨床の実際から得た経験をもとにして述べる。

1.老年期の喪失体験と
それによる生きる不安
→ なじみの人間関係を!

 老年期になると、家族、仕事、収入、役割、活動範囲、老化による心身の健康、生きがいなどを、次々に失ってくる。これらはそのどれ一つも、その人がそれまでに生きる頼りの拠りどころとしていた大切なものなので、その精神的影響が大きく、老人には生きる不安が起こってくる。これが在宅でも施設でも、自分がここで安心して暮らしていけるかどうかという人間の根源的な不安で、健常な老人でも精神的破綻(うつ病、神経症、妄想病)を起こしたりする。痴呆性高齢者ではさらに人間関係、知的能力、生活史を失い、これが痴呆を促進させたりする。このような事態に対しては、生きる頼りの拠りどころの人、場、状況、物を与えると良く、特になじみの仲間が重要で、これはメンタルケアの基本となる。

 このなじみの人間関係は、入所している痴呆高齢者のデイルームでの決まったメンバーのテーブルメイトによく見られる現象である。ここでは他人どうしの老女たち(特に老年痴呆)が、お互いに迎合・同調的に、自分なりの一方的な話のうなずき合い(偽会話)や、楽しみ、手仕事、日常行動、寝食などの生活をともにして毎日一緒に暮らしていると、数週〜数ヵ月たつと親しくなった相手を昔からよく知っている兄嫁、いとこ、小学校の同級生、あるいは男性老人に対して夫などと勘違いしていったりする(既知化)。これはなじみの心(親近感や同類感)で結ばれていて、安心・安住がもたらされている。

 この“なじみの人間関係”の意義は、これによって異常行動や精神症状が消退すること(たとえば悪い動きの徘徊は、なじみの仲間との散歩という良い動きに変わる)、またなによりも感情や意欲面が活発化してきて、生き生きと楽しげに暮らしていくことで、これは最も重視されることである。さらにこれは老人の生きる頼りの拠りどころ、すなわち生きがいともなっている。また介護者も老人となじみになると、言うことに容易に従ってくれ、介護が円滑にゆく。特になじみの関係の自然の姿で最短距離の者は、いうまでもなく通常は家族で、それは老人が最も生きよい相手なのである。このなじみの人間関係は、実は在宅介護や地域ケアの基盤となっている。

 これをもとにした、痴呆性高齢者(中等度)への原則的な対応を表示しておく(表1)。

表1 痴呆性高齢者への対応の基本
1.老化の衰えをもった生き方(態度や言動)を理解し援助をする。
2.心の近いなじみの人間関係で、生きる頼りの拠りどころを得させる。
3.微笑み、うなずき、まなざし、手、挨拶の交わしの共感的接近!
4.老人に語らせ耳を傾け受容し、素朴な信頼・依存関係をつくる。
5.間違いや困る言動は許容し、よい点を認め良いつきあいをする。
6.老人の動きや特に心のペースに合わせて、安心・安住をはかる。
7.理屈による説得よりも、気持ちが通じ心でわかる説得をさせる。
8.急激な変化を避けて、徐々にならしなじみのものと変化させる。
9.生活の中にあるよい刺激(手続き記憶)を絶えず与え活性化を!
10.老人を孤独にしない、寝込ませない、叱責・蔑視をしないこと。

 次いで、痴呆像としては典型的な双璧の、アルツハイマー型老年痴呆と血管性痴呆について、その痴呆症状で動いている老人の心理の理解と対応を述べよう。

 

2.アルツハイマー型老年痴呆

 老年痴呆では痴呆がらみの健忘症状群をもつことが特徴で、これは単なる記憶障害のみでなく、わからなくなるという認知障害も加わり、作動記憶(ワーキングメモリー)に関する思考や判断にまで影響を及ぼして、この健忘型痴呆は全般性痴呆の姿を示している。この健忘症状複合体では、記銘・記憶障害に関係しながら、次のような各種の症状が含まれている。

1)記銘力障害
 近時記憶の障害が明らかになってくると、1〜2時間前のこともしばしば忘れるようになり、さらに忘れることへの不問視(無自覚)とともに、10〜数分間前のことも忘れるようになる。こうなると日、時、分、秒で計れる時間のクロノス(客観的時間)は、絶えず変化し移ろいゆくので、把握できず早くわからなくなり、忘れ、時間の観念がなくなってくる。その後、時間の尊さ、各瞬間のもつ重要な意味、自己存在の一貫性などのカイロス(体験された経過時間の自覚)が障害され、これは痴呆に本質的なものである。

 また老人は現在の自分の、時、場、状況的な把握(見当づけ)についても、その認識・記憶が連続して保存されていかないので、見当識の障害が起こってくる。この際には時の失見当は早々と起こり、時の自覚はずっと生きている実感に通じるものである。  その後、場の失見当が起こるが、場とは現実の自己存在の根拠としての場なので、実際に生活する上での居場所の不安は大きく、困惑・混乱して自我の安住感を失わせる。場の自覚は、生きている存在感に通じるものがある。

 次いで状況の失見当は、その自覚は人間関係をもとにして生きている意義に通じるものがある。これらの失見当は、処遇環境の不適や急激な変化のときに起こりやすく(転居、入所時初期反応)、各種の精神症状(不穏、妄想、ときに錯乱やせん妄の引き金)や異常行動(徘徊、誤認行為など)を引き起こす。特に老年痴呆に多いのは、後述する誤見当である。

 さらに起こることを次々に忘れ去るので、近時の、事象の時間的順序づけにより秩序的に憶える知的操作がなされず、記憶として系統的に蓄積されていかず、過去が消えてくる。また先のことも憶えられ、わかり、考えることなどができないので、未来も想起できなくなる。“幅の狭まった今”に生き、痴呆が重度で極端な場合には、刹那人間(横断面的存在)となる。それゆえにこそ、老人の今を大切にして、安心・安住させることがまず必要となる。

2)長期記憶障害
 これには各種のものがある。まず条件反射のように無意識に存続している、潜在性の手続き記憶(昔あるいは長らく習熟して会得や体得した昔の歌・踊りや、仕事や運動の技の記憶・能力)がある。また意識的に持続する顕在性のエピソード記憶(個人的生活の出来事を、年代的、場所的に、さらにそれに伴う好嫌・苦楽の感情的などの文脈をもって定着した生活史記憶)がある。

 なお、その中間にある意味記憶(長く保存された知識の記憶で、これは思考、言語、理解、推論、計画などの精神活動に関係する作動記憶)などがある。手続き記憶は痴呆化しても中期まで残るので、レクリエーションやリハビリテーションに利用され、意味記憶も常識的言動として比較的残るので、ADLの訓練に導入される。エピソード記憶は自我の一貫性やアイデンティティに関係し、痴呆の中核的なものともいえて、メンタルケアの主要な目標ともなる。

 またこのようなエピソード記憶の健忘(ある期間のことを忘れること)の広範なことは、老年痴呆の特徴で、この健忘の進む際には、まだ憶えている最も近い年代の記憶に生きる根拠をおき、主張し、それも忘れるとまたよく憶えている近い記憶に所を得て、このように繰り返して昔へさかのぼりながら、逆向性生活史健忘として進行する。通常これに付随してくるのは年齢の若返りと、生活している時代感覚と言動を伴う過去化して生きる遡上現象である。これらは人間的な自覚の障害に関係してくることは見逃せず、対応を必要とする。

3)虚構化現象
 上記のような現在の自己把握の障害(失見当)、過去からの自我の一貫性の障害、痴呆をもちながらもっともらしく生きる自覚の障害などに対して、まだ活力のある痴呆性高齢者のとる態度や言動に、当惑作話を主とした誤認(既知化や誤見当)が認められる。これは老人がなんとか生きていく虚構の世界(痴呆性適応)で、老年痴呆の中期の生き方の特徴といえる。

 当惑作話は、その人が当然知っていて答えるべきこと(年齢、現在の自分の見当識、家族や住所など)を、やや追求的に聞き込んでいくとよく出現する。これらの質問は「ない」ではすまされないもので、繰り返し問われると答えなければならない究極反応として、話を作ってその場をしのぐように表されてくる。

 これは非現実的で間違ってはいるが、老人は過去の事実を今様に思っているので、もっともらしい態度でふるまっている。ここには自己をなんとか保持しようとする気持ちがあり、まだ憶えている過去のものに直観的・短絡的に結びつけて、昔からよく知っている自分のものとして納得していく。これらの虚構の世界は、痴呆による非論理的なもので本人には矛盾がなく、これに対しては理屈による説得はきかず、気持ちが通じて心でわかるような共感的な納得をはかり受容することが、老人の生き方を保持するのに必要である。

 このような老年痴呆(中期)の老人への対応の仕方の原則を、表示しておこう(表2)。

表2 老年痴呆(健忘型痴呆)の老人への対応
1.過去化して生きる→なじみの生きる頼りの拠り所を与え、安心・安住をはかる。
2.手続き記憶は残存→ふさわしい状況を与え隠れた能力を発揮、リハビリに利用。
3.変化するものほど忘れやすい→変化させず、型を決めて、パターン化して教える。
4.イメージの想起が困難→目の前に示し視覚にうったえながら、繰り返し教える。
5.矛盾がない(意味が不問視)→理屈による説得よりも、共感的な説得をはかる。
6.前を忘れ知的判断(比較、関連、反省、批判、洞察)困難→間違いを許容する。
7.疑問・質問がなくて、もっともらしい態度で振る舞う→世間的な交流をはかる。
8.自分忘れ(自我意識の希薄化)→老人の心のペースにあわせ残る生き方を持続。
9.目的がない(新しい付加や予測が困難)→家族や仲間作りで楽しく暮らさせる。
10.時間観念がない、退屈感がない→今を大切に、日課で時間の順序づけを得さす。

 

3.血管性痴呆(まだら痴呆)

 血管性痴呆に見られるまだら痴呆はLadame Ch(1912年)により提唱されたというが、これは老年痴呆などに生ずる等質性で均一的な知的機能の低下とは対照的に、知的機能のおかされ方にでこぼこがあり、均等ではないことがいわれている。たとえば健忘は高度なのに、日常生活における判断や理解の能力は保持される傾向があるという。

しかし健忘型痴呆の老年痴呆でも、日常の周囲との通俗的対応では手続き的・意味的記憶に関係する潜在能力で、十分ではないがなんとか習慣的に過ごしていたりする。まだら痴呆で問題になるこの際の能力は、新しい事態や課題あるいは状況の変化に、その人らしい個性的な、しかも的確な対応や反応をしてゆく知能が重視される。

 このような上では、定義の内容の曖昧さのあるまだら痴呆は、Ey H(1978年)の定義のほうがより明確のように思われる。彼はまだら痴呆は、大脳の局所症状群の優位さにより特徴づけられ、記憶、見当識、言語、理解、認識、実践を選択的に襲う知的欠陥であるという。知的道具障害(失語、失行、失認など)による知的適応が困難で、人格が部分的にまだ保たれていたりして、その障害について苦痛の意識をもつことも多いと述べている。

 この知的手段の障害とは、主として正しい認識や理解とそれによる言動の的確な表現などの知的実行能力の障害として捉えられる。この際には一般的に、その言動による対応や表し方に特徴がある。

それは遭遇する事象を自分なりに正確に把握できず、また自分のものを明確に表そうとする向きや努力はあっても、意のままに出し得ない不自由さやつっかえ、なんとか表そうとする困難な試み、どう出してよいかわからない戸惑いやたじろぎ、慎重さを欠いて迸り出る思いつき、焦って断片的に出すまとまりなさ、ときには別途のものになってしまう拙劣さや錯誤などがあったりして、知的適応が悪い。したがって相手もわからず自分の意も通じず、対応もままならず疎通困難になったりする。

 しかし背景には、客観的には困っていても、問題は自分では当たり前として、不問視や無自覚がある(知的人格障害)。この際の知的人格の変化については、始めは従来の個性的な長所のしっかりした対人的の構えやその障害を問題視する態度があったりする(人格の芯の残存)。

しかし反面に次第に人柄の短所が露呈や強調され(尖鋭化)、特に目立って多いのは自分本位、頑固、融通がきかず一方的、感情的などで、自己抑制の困難が特徴で、言動が偏って表されやすい。余裕がもてず間がおけず、理性的な配慮を欠いたりして、むしろ感情的に走り(短絡的)行動化しやすい。

不平、不満、不信になったりして怒鳴り相手を責めたり、主張や要求の繰り返しがあったり(特に男性老人)、それを遮られると寡言・拒否や反発・抵抗(あるいは対峙)があったりする(女性老人)。さらに病気が進めば全体に鈍麻性となり、知的存在の保持が損なわれてくる。

 またこのような状態を通して、意識、覚醒性、注意や発動性の変動があり、精神・運動症状は不安定、動揺、過多あるいは寡少の間で中庸がとれない極端化の浮動、不随意や自制不能(失禁)で、気分変調とともにむらのある動きで、知的状態の持続が困難・遅鈍化する。

 上述したように血管性痴呆(前〜中期)では、まだらな知的機能、ぎこちない知的実行能力、偏った知的存在、むらのある知的状態の保持などの障害が加わっており、その老人への理にかなった対応の要点を表示する(表3)。

表3 血管性痴呆(まだら痴呆)の老人への対応
1.自分本位の独自の態度や言動を示す。プライドを傷つけず、個別的に対応する。
2.一途で抑えもなく、苦悩や自己主張が強く、感情的行動化しやすい→鎮静的に。
3.一方的に訴えや要求を固執して繰り返すので、依存・信頼関係をつくると良い。
4.精神や運動症状にむらのある変動があるので、そのパターンを把握し対処する。
5.不安・不満・不信で困惑混乱の問題言動が多いので、安心・満足の対処が必要。
6.せん妄や錯乱が遷延すると、妄想幻覚の残遺や痴呆を助長するので、早く治す。
7.老人の注意の集中が、仮性球麻痺の歩行・発語・嚥下障害の介護を円滑にする。
8.残る良い能力で失った困る点を補って、やさしいものから難しいものへと教える。
9.心身の廃用性低下の傾向が強く、安易に寝たきりや車椅子の抑制を長くしない。
10.人見知りや人選びがあるので、知己のペア(特に男性)の相手を作るのがよい。

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