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こころの健康シリーズ[ 国際化の進展とメンタルヘルス

No.12 新型コロナウイルスと外国人留学生

東京大学相談支援研究開発センター 大西晶子


4 留学生支援の場から

・情報提供の重要性と限界

 災害等の危機時と同様、感染症の拡大初期においては、不確かな情報が拡散しやすく、とりわけ日本語での情報収集が困難な留学生にとっては、情報不足が不安を高めやすかった。混乱時の留学生支援の最初の課題は、いかに正しい情報をわかりやすく、多言語で発信する体制を整備するかである。2011年の震災以降、社会全体で多言語・やさしい日本語での情報発信の認識が広がっていたことや、自動翻訳の技術の飛躍的な進歩によって、10年前と比較すると、国・自治体等の多言語対応は大きく改善されていたように思う。ただし情報が複数の関係省庁等からバラバラに出される状況や、そもそも情報が明確ではなく、また制度等が社会的少数派の存在を前提としていない点などは、依然として課題と考えられた。大学が、詳細情報が出揃うのを待ち、正確な情報発信を心掛けるほどに、学生は情報が何もない状態に留め置かれ、不安を募らせていく状況がある。特にII期、さらにW期以降は、水際対策に関する情報が全く更新されない状態が続き、大学に問い合わせをしても満足な回答が得られず、国外に留め置かれている学生の日本や日本の大学に対する強い不満となっている。

・学生を支える機能の制約

 社会的援助資源が制限される中では、留学生の大学への依存度は高くなり、特に来日直後の学生にとっては、大学が唯一のサポート源となることも珍しくない。留学生の生 活は、ホスト国で築く様々な人との関係にゆるやかに支えられて成り立つものであり、在宅勤務や対面対応の機会の減少、地域における市民との交流機会の制限等は、こうした、学生を支える支援の網を消滅させてしまっている。相談室等による「点」の支援は、機能が極めて限定的であるのに加えて、援助者自身も感染源になりえるという感染症特有の問題が、援助機能を十分に回復させることを難しくしている。大学全体で、困難な状況にある学生の把握が遅れがちであり、連絡が途絶えた学生の安否を、誰がどのタイミングで確認し、どのように介入するのかに頭を悩ませる状況がある。また再入国の制限が解かれた後には、一時的な帰国が一応の選択肢とはなったものの、帰国者に数週間の隔離を義務付ける国もあることや日本への再入国に関する不安から、容易に選択できない。さらに、母国の家族の来日は引き続き原則認められないことから、不安定な学生のサポート体制を整えることは極めて難しい。

・留学生受け入れはいかにあるべきか

 初期には、安全の保証ができない状態で留学生を受入れることは倫理的に正しいのかといった議論もみられたが(たとえばMason,2020)、その後、多くの国が受入れに舵を切る中で、そうした議論はみられなくなっていった。何度も飛行機のチケットを取り直し続ける、入国待ちの学生がいる一方で、思い描いてきたのとは全く異なる学生生活の中で、孤立し不調をきたす学生もおり、どのような判断が正しいのか、簡単に結論が出せないという思いを強く持つ。しかしながら、そもそも留学生の受入れ目的の中心は、グローバル化する社会を支える次世代の育成や、地球規模の課題の解決に向けたネットワークづくりや研究の国際化にあったはずである。ウイルスに国境がないことを突きつけられ、一国のみにとらわれた視点で今日を生きることはできないことを目の当たりにしながら、社会の中に排外的な空気が強まっていく状況には、矛盾と懸念を感じ得ない。日本・日本の大学は、国際社会における責任も問われ続けている。

 

参考資料

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 https://doi.org/10.1016/j.psychres.2020.112934(2022年1月8日閲覧)
Chen, J., Li,Y., Wu, AMS. and Kwok Kit Tong, 2020 The overlooked minority: Mental health of International students worldwide under the COVID-19 pandemic and beyond, Asian Journal of Psychiatry, 54
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Cheng, R. 2020 The COVID-19 Crisis and International Students.
 Inside Higher Ed Careers:
 https://www.insidehighered.com/views/2020/03/19/higher-ed-institutions-arentsupporting-international-students-enough-during-covid.(2022年1月8日閲覧)
Lai, A. , Lee, L., Wang, M.P., Feng, Y., Lai, T., Ho, Lai-ming., Lam, V., Ip, M. and Lam, T. 2020 Mental health impacts of the COVID-19 Pandemic on International university students, related stressors, and coping strategies. Frontiers in Psychiatry. 11.
 https://doi.org/10.3389/fpsyt. 2020.584240
Mason, T. 2020 Is it ethical to take in foreign students mid-crisis? The University World News,14, May 2020,
 https://www.universityworldnews.com/post.php?story=202005141501467(2021年12月26日閲覧)
Matos, FPM., Spatafora, F., Kьhne, L., Busse, H., Helmer, SM., Zeeb, H., Stock, C., Wendt, C., and Pischke, CR. 2021 Perceptions of study conditions and depressive symptoms during the COVID-19 pandemic among university students in Germany: Results of the international COVID-19 student well-being study. Front Public Health. 9
 https://www.frontiersin.org/article/10.3389/fpubh.2021.674665(2021年12月26日閲覧)
Rabiee-Khan., F. and Biernat, K. 2021 Student well-being during the first wave of COVID-19 pandemic in Birmingham, UK.
 http://www.open-access.bcu.ac.uk/11218/1/COVID%20student%20report%20BCU%20final.pdf(2022年1月4日閲覧)

1.はじめに/2.感染症の拡大と留学生
3.留学生の体験
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