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こころの健康シリーズ[ 国際化の進展とメンタルヘルス

No.2 海外駐在員と家族のレジリエンス

一般社団法人 国際EAP協会 理事長 市川佳居

はじめに

  著者はEAP(従業員支援プログラム)の一環として企業から依頼を受けて海外赴任者やその家族に対してメンタルヘルス支援を提供しています。変化への適応ができ、赴任における各自の仕事目標が達成できるように、赴任する当事者やその家族に対してレジリエンスアセスメントツールを用いて支援を提供しています。本稿では、1.海外赴任者の心理的サイクル、2.赴任者のストレスの特徴、3.赴任者とその家族のレジリエンス力を高める方法、についてご説明し、具体的な事例などもご紹介したいと思います。 前号の内海智博先生、小曾根基裕先生の記事にもありましたように、現在、海外に在留する邦人は約135万人以上、進出日系企業数は約7万5000拠点と、ともに過去最多です。理由はおそらく、東日本大震災後、企業はBCP(事業継続計画)というリスク管理の観点からの生産拠点の分散化を意識的に行い始めたということと、グローバルなコスト競争の中で、労働力の安価な国への製造拠点の移転が加速化したことが大きいと思います。80年代〜90年代の海外赴任者は大手の商社や自動車産業などが中心で、それらの企業は赴任者やその家族に人事・総務面で手厚くケアを行っていました。ですが、現在では、海外進出の歴史が浅く、また、一都市の赴任者の数が3人以下などで、先輩赴任者から新規の赴任者家族への支援などもできかねない企業が増えています。 最近の赴任者から出るコメントは、例えば下記のようなものがあります。尚、内容はプライバシー保護のためにデフォルメしてあります。 

  • 「この年齢になって海外赴任を命じられるとは思わなかったですよ」という50代の社員。
  • 「パスポートも切れているのに、タイの工場の社員に技術を教えに行って来いって言われて」という30代の中堅社員。
  • 「中国は空気が悪くて、趣味のジョギングができない。おかげで飲酒量と体重が増えた」という赴任者。
  • 「ロンドン、ニューヨークっていう時代は終わったっていうのは分かっているけれど、インドはやはり住みにくい。帰りたい」という商社マンの妻。
  • 「子供が発達障害を持っているんですが、ベトナムの日本語学校では、特別支援が受けられないので、やはり、妻子は日本において単身赴任することにしました」という大手ゼネコンの社員。

1.海外赴任者の心理的サイクル

 ではここで、カルチャー・ショックの論文で有名な人類学者、Obergの理論を海外赴任者に応用してみたいと思います。Obergのカルチャーショックと異文化適応のプロセスは移民の異文化適応に当てはめられますが、企業の海外赴任者と家族にも当てはまります。図1をご覧ください。ステップは1から9まであります。

  • ステップ1:不安と期待の混在期。海外赴任が決まると引越しの準備、子供の学校の準備、外国語のレッスンなどがあり、期待と不安が混在した気分になります。
  • ステップ2:ハネムーン期。赴任直後はすべてが新鮮で日本と違う習慣や、街並み、家の広さ、人々が大らかであることなどがよいことに見え、興味を持って接することができます。ですが、このハネムーン期という時期は、あまり長くは続きません。
  • ステップ3:カルチャー・ショック期。予約をしておいた水道屋さんが待てど暮らせど来ない、雨が降ると帰宅するまでが渋滞になり、45分のところが、2〜3時間かかる、現地の社員は詰めが甘い、など習慣や文化の違いで不便を感じたり、不快な経験をしてショックをうけます。
  • ステップ4:怒り・幻滅の時期。現地の習慣のいやなところが気になり、また、日本の生活や親しい友人などが恋しくなります。場合によっては孤独になって落ち込んだりします。ステップ4ではカウンセラーや精神科医などの専門家の支援が必要な方もいます。子供の場合は、現地校に行きたがらなくなる、日本に帰りたいと言い出します。
  • ステップ5:適応期。その後、時間が経つにつれ、現実を受け入れ、現地の生活に適応していきます。現地の食事の中で日本人の口に合うものをうまく日々の献立に取り入れたり、時間通りに来てもらえないことを受け入れて、時間に余裕を設けて生活したり、雨の日は外出しないようにしたり、など工夫をすることで生活の中から不快感を少なくしていきます。
  • ステップ6:現地文化の受容の時期。慣れてくると、住めば都というように、現地文化を受容し、仕事においても生活においても、快適な生活を送るようになります。再び、現地の良いところを認めるようになり、休日には予約無しでゴルフをしたり、近隣の島に家族でバケーションに行ったり、現地のサークルにはいって、テニスやダンスなど日本ではできないような趣味を始めたりします。親しい友人もできて、毎日快適に過ごせます。
  • ステップ7:帰国の不安と期待の時期。海外赴任の期間は3年から5年が多く、帰任が近づくと、帰国準備で忙しくなります。特に赴任者自身は、帰任先の部署の調整で日本と現地を行き来したり、会議が増えたりします。また、家族は帰国子女として入学できる学校の受験準備、帰国直前には、現地の人とのお別れ会などで忙しくなります。帰る前に行っておきたい観光地に家族旅行などを計画する場合も多々あります。
  • ステップ8:逆カルチャーショックの時期。帰国後は慣れ親しんだ海外の友人や同僚から切り離されます。そして、生まれ育った日本に戻っても、浦島太郎になったように、孤独感を少し味わいます。この時期は、逆カルチャー・ショックといって、日本の習慣や生活、仕事のやり方に違和感を覚えることもあります。毎日の通勤ラッシュに耐えられない、ごみ一つだすのにも、人目を気にしないといけない人間関係が面倒、赴任先では、今より高い地位にいたのだが、帰国して非管理職に戻されたので裁量権が小さくなり仕事がつまらなくなった、などがあります。人によってはこの時期に、海外に戻って、現地採用社員として転職する方もいるくらいです。
  • ステップ9:再適応の時期。その後、日本の生活にも再適応し、海外で培ったスキルや異文化適応力をうまく生かしていく時期がきます。

図1 異文化適応のサイクルの9ステージ

 

2.赴任者のストレスの特徴

はじめに/1.海外赴任者の心理的サイクル
2.赴任者のストレスの特徴
3.赴任者とその家族のレジリエンス力を高める方法/さいごに

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