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こころの健康シリーズ[ 国際化の進展とメンタルヘルス

No.5 日本語を母語としない人たちの精神科診療

四谷ゆいクリニック 阿部 裕

多文化診察

 日本語を母語としない人たちの診療については、とくに診察のための事前準備が必要である。来院したら、問診票を書いてもらうが、マイナーの言語圏であっても英語で書き込める人はかなりいた。通訳同伴の場合でも、通訳者が日本語を書けない場合はスタッフがそれを聴き取って記入した。そうした問診票を使いながら、必要に応じて非言語的なコミュニケーション手段、S-HTP(統合型HTP)、家族描画法、箱庭療法等を補助用具として使用し、言葉のできない患者の心の内面の査定を行った。そうした言語を使わない心理的手法も積極的に活用していた。

1.患者の母語を使用して

 日本語がほとんど喋れないいろいろな国の外国人が診察にやってくる。英語、スペイン語、ポルトガル語は、なんとか医師や心理士で対応している。しかし、ほとんどのスタッフはネイティブではないため、話が複雑になってくれば自然と会話に限界が生じてくる。そこで、初めから患者と治療者の間には相互理解に限界があり、そのことを了解してもらった上で診療を行うことにしている。だからといって誤診は許されることではない。

 スタッフで対応できる外国人患者の場合は、たいてい心理士にインテークをお願いする。外国人の精神科診療の場合は、どのくらいの事前情報があるのかで、全く診察時間が変わってくる。事前情報なしに、面接に入り、「どのようなことで受診しましたか?」から診察が始まれば、まず症状の焦点づけに時間がかかり、その症状には多文化葛藤、家族間葛藤、職場葛藤等が関連してることが多いので、現病歴を整理するだけでも30分以上はかかる。

 だからインテークは非常に重要である。患者の受診動機が明確になっていれば、困った症状から問題を広げていくことができる。とはいえ、できるだけ患者の文化の文脈に沿って病歴を聴いていかねばならない。患者の母語で診察する場合、こちらはネイティブではないので、細かいところはなかなか理解できない。しかし患者の話の文脈の中でここだけは落としてはいけないポイントがあるので、そこだけは確実に押さえておく必要がある。

 一回の診察だけでは時間も限られているし、見立ても十分行えず、診断がつけられないこともままある。しかし私は、日本人と比較し、外国人はより論理的な人が多いように思う。患者の見立てについて、分かっていることと分かっていないことを説明し、今はこうした症状があるので、この薬が効くと話す。そして、薬の効用と副作用を説明し、もし副作用が出ればすぐクリニックに連絡するよう伝える。これで大抵の外国人患者は納得するが、それでも不安の強い患者には、24時間連絡可能な治療者の携帯電話番号を渡す。携帯番号を渡されると、それだけで安心するのか、めったに緊急の電話がかかってくることはない。

2.医療通訳を使用して

 次は通訳を使用した場合の診療について話したい。クリニックには毎土曜日にポルトガル語の通訳が待機している。ポルトガル語以外の場合には最初の2〜3回はその母語通訳に同伴してもらう。しかし、現在のところ医療通訳者は玉石混交で、スムースに医療通訳を探すことは難しい。一つは医師が必要としている専門の医療レベルが担保されているかという問題、もう一つは医療通訳の費用をだれが負担するのかの問題である。

 私は、精神科領域で必要とされる精神科医療通訳と、身体医療で必要とされる医療通訳との間にある程度の違いを感じている。精神科医療通訳が、精神科の専門用語や日本の精神医療システムに精通しているのは当然であるが、必ずしも身体医療をカバーできるような医療知識をもっている必要はなく、むしろ精神科医療通訳は対人コミュニケーションの仕組みを理解していたり、地域とのかかわりを理解している必要があると思っている。そうしてみると、精神科医療通訳とは、地域コミュニティ通訳を基礎に精神科領域の専門知識や医療システムを理解している方が有用なのではないかと考えている。

 実際に通訳を使った診察は、通訳者が慣れていないと難しいこともある。身体の医療通訳の場合は、患者が自分の身体症状を自分自身で表現できるということが大前提になっているので、患者の訴えをそのまま医師に伝えればいい。しかし精神科の患者の場合はそれでは済まされない。患者が自分自身の苦悩を言葉として表現できないことが多いので、通訳者が患者の苦悩に寄り添いながら、その苦悩を言葉で表現し、医師に伝える必要性が生じる。ここには患者の言葉ではなく、患者のこころを医師に伝えるという力量が試されるため、医療における中立性は保たれなくなる。医療通訳における中立性は重要なことではあるが、精神科の医療通訳はどうしても患者寄りにならざるを得ない。一般的には、実際に通訳してもらう前に患者と通訳者との間で、ある程度打合せしてもらっておいた方がいい。そうしないと、患者と通訳者間の相互理解に時間がかかるため、患者と通訳者が5分会話したのに、治療者への通訳は30秒ということになる。治療者が多少でも患者の言語を理解できる場合はいいが、全く未知の言語であると、本当に正確な通訳がされているのか治療者が不安になる。とにかく重要なことは、患者の苦悩が治療者に伝わり、治療者がそれに対して適切な治療やアドバイスができていることである。

3.遠隔地医療通訳診療

 ポルトガル語通訳は、原則土曜日しか常駐していない。しかし、土曜日診察した患者が調子悪くなり他の曜日に来院することもある。そうした場合には、遠隔地医療通訳を利用する。パソコンを患者と治療者の間に置き、パソコンのスイッチを入れると、ポルトガル語の通訳者が現れる。実際にパソコンの位置に通訳者が座っているのと同じで、ほとんど違和感はない。この場合、患者治療者の信頼関係ができていればできているほど、通訳はスムーズに進む。薬物名の説明が入ると、途端に時間は延長する。

 しかし、この遠隔地医療通訳を初診から使用するとかなり時間を要する。一般的な面接と比較し、通訳者が入るだけでも最低二倍の時間はかかる。初診であると、受診の契機、症状の説明、受診に至るまでの経過、またその文化社会、家族的背景等、聞くべきことを聞いて整理するだけでもかなりの時間を要する。その上で、見立て、診断をし、治療について詳細に説明しなければならない。まず一時間では終わらない。

 通訳者同伴で来院する外国人患者については、3、4度目から、遠隔地医療通訳か電話通訳に切り替えることが多い。現在使用している遠隔地通訳は、7言語が、パソコンを使ったテレビ電話通訳であり、残りの12言語は、患者、治療者、通訳者による三者通話である。現在、日本には医療通訳の国家資格はないので、通訳がハイレベルに担保できているとは言えないが、24時間利用できることから、利用価値は高いのではないかと思っている。通訳料金についてはクリニックと患者で折半している。

 

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