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こころの健康シリーズ\ 現代の災害とメンタルヘルス

No.4 災害におけるあいまいな喪失

武蔵野大学人間科学部 中島聡美


2.災害とあいまいな喪失

 災害は、あいまいな喪失をもたらすことが多い。災害による大規模の家屋の倒壊や、土砂崩れ、津波に多くの人が巻き込まれたときに、行方不明者が発生する。2011年に発生した東日本大震災では多くの方が津波に巻き込まれ、震災から11年経過した2022年3月11日の時点でも、2523人が行方不明とされている4)。黒川5)は、東日本大震災の津波に義理の父親と夫が巻き込まれてしまった女性の事例を報告している。この女性の義理の父親と夫は、ともに津波に巻き込まれてしまったが義理の父親の遺体は数日後に発見されたものの、夫は行方不明のままになってしまっていた。この女性は夫を探し続ける日々の中で、納得できないながらも経済的な理由で死亡届けを出すことを決意し、葬儀を行ったが、夫が生きているかしれないと思う中で罪悪感を感じていた。また、コミュニティの中では、行方不明者の家族として “かわいそうな人” と見られることで、明るい顔をすることもはばかられたと書かれている。この女性は1年間仕事を辞めて、家で生活する中で、この出来事についてゆっくりと考え、夫への思いを家族と共有していく中で、揺れ動く気持ちは仕方ないものとして受け止めていったことが書かれている(文献5))p93〜p98)。

 また、福島県では、福島第一原発事故による避難によって故郷の喪失という、津波とは異なったあいまいな喪失状況が生じた。福島におけるあいまいな喪失はタイプ1でもタイプ2でもあり、かなり複雑な要素を持っている。原発事故の避難区域は長くその地域で生活してきた人が多く、非常に愛着のある故郷であったと考えられる。避難して新しい住居を得ても、それは自分の本来の住まいではなく、本当の住まいは避難区域にある家だと感じている場合、元の住まいは心理的に存在していても物理的に喪失された状況であり、このような状況はタイプ1のあいまいな喪失であると言える。しかし、別のタイプのあいまいな喪失を経験している人もいたと思われる。物理的には故郷は残っているが、もうそこには、元の村や町の姿やコミュニティはなく、もとの故郷は失われている。この状態は物理的には存在しても、心理的には失われたタイプ2のあいまいな喪失となる。同じ家族の中でも異なるあいまいな喪失を抱えている場合もあるだろう。Bossは2012年に福島県を訪れた際の研修で、以下のように述べている。「大切な人はいなくなってしまった。昔からの土地はそこにある。しかし、それはかつてあったものと同じではない。家族は今でも存在する。しかし、多くは離ればなれになり、かつてのように一つ屋根の下に暮らすことはできなくなった。隣近所は今でも存在する。しかし、以前のように近くにはなくなった。友人は今でも存在する。しかし、以前のように近くにいて、支えあったり、慰めあったりすることができなくなった。このような問題(現象)を「あいまいな喪失」と呼ぶ。」(文献6))p81より引用)。著者らは、この本の中で、Aさんという避難者の事例を紹介した。Aさん(60代女性)は、震災前は、近所の人や家族と豊かな交流を楽しんでいたが、震災によってその地を離れなければならなかった。 Aさんにとって、大切な人との関係とその思い出のある家を喪失しただけでなく、そこで根を張った生活をしたいという未来も失われたことになる。息子夫婦が生活する新しい土地に家を購入したが、避難解除後は自分の元の家に戻りたいという思いがあり、あきらめきれない葛藤が生じていた。Aさんは、タイプ1のあいまいな喪失の状態にあったと言える。Aさんは、原因不明の腹痛や、興味関心の喪失など心身の不調に悩まされるようになった。Aさんに対しては、支援機関の相談員の訪問を通して、アロママッサージなどの身体のケアやまた自分の気持ちを話す中で、少しずつ新しい住居での生活に対しても肯定的な側面を見出していった(文献6))p90〜p95)。

 この2つの事例は、いずれもあいまいな喪失状況は解決していないが、葛藤や不安があることを正常化し、失われている対象に対する気持ちを周囲と共有し、またそれを排除せず大切にするとともに現在の生活にも目を向けていったことが共通している。このようなプロセスを進める上でどのような視点、また支援が必要なのかについて次に述べる。

 

3.あいまいな喪失を見る視点とそれを踏まえた支援

1.はじめに−あいまいな喪失とは?
2.災害とあいまいな喪失
3.あいまいな喪失を見る視点とそれを踏まえた支援
4.おわりに−支援者のあいまいな喪失

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