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こころの健康シリーズ\ 現代の災害とメンタルヘルス

No.5 災害支援の体験から Build Back Better(より良い復興)と
Post-Traumatic Growth(心的外傷後成長)について思っていること

長野大学客員教授 小泉典章


3.地震時の様々な支援活動

1)地震による健康被害と対応

 建物の倒壊や断水等の情報が寄せられる中、人的な被害は軽傷者が数人の報告で、重傷者や死亡者はいなかった。建物危険度判定については、十分な説明がないまま実施され、精神的ダメージを与える要因にもなった。震災後10日で避難指示が解除され、仮設住宅や自宅において、中長期にわたる保健・メンタルケアが始まった。

2)保健活動

 7か所の避難所が設置され、1週間は医療救護班が常駐していない避難所に、近隣市町村や県の協力で保健師が常駐した。村の保健師は、包括的な対応とともに避難所を回り、健康状態の把握に努めた。避難所では持病を抱える方への対応、ストレスや不眠へのメンタルケア、突発的な症状への対応など、慣れない環境による様々な症状や悩みに応じる必要があった。

3)心のケア活動の実際

震災直後から関わってきた心のケア活動について概要を紹介する。(図1)

図1.栄村の心のケア活動の経過(小泉、上島;2012)

A.心のケア活動

@ 精神科医による個別相談会(心の健康相談会)の実施

3月に2回、4月に2回、5月以降1回:保健所の定例精神保健相談を栄村役場に変更して実施、ボランティアの精神科医を含め、センター医師も加わり、精神保健相談を実施した。栄村は2011年4月まで相談会を月2回実施した。その後、相談会は2012年度12回、2013年度6回、2014.2016年度は各年度4回、2017年度以降は各年度3回開催された。

A 子どもの心のケア

子どもの心のケアについては、震災から時間が経過し、避難所での集団生活における一種の興奮状態を過ぎて、各家庭に戻ってから退行や不安感の増大、不眠などの問題が見られた。

B 支援者のためのケア

村職員の個別相談では「休みが取れず疲労が重なる、村民との調整役としての気遣いが続く」など、真面目で責任感の強い人ほど被災後の避難所生活のなかで疲弊している状況が見られた。

B.日頃の保健師活動の重要性

栄村の心のケア活動においては、相談会の広報や村の保健師が避難所や自宅などの訪問活動で健康相談を行なう中で、自ら個別相談を希望はせずとも、その必要性を理解してくれて、村の保健師の働きかけで相談に来られた方が多い。その活動を振り返ると、個別相談において、災害時の心理的経過をよく理解し、住民の心の危機サインを速やかに把握するには、日頃の保健師活動の重要性を再認識した。このことは日頃の地域精神保健活動の反映ともいえる。

C.アウトリーチ活動(訪問)

被災当初は避難所が7ヵ所設けられた。5つの避難所には県の保健師が24時間体制で常駐し、村の保健師は2ヵ所の避難所と自宅に残っている住民の訪問、各避難所を巡回する体制がとられた。避難指示解除後は、村の保健師と保健所の保健師で全戸訪問を実施し、住民の健康状況の確認を行なった。

D.仮設住宅でのサロンの開設

保健師による仮設住宅や地域での健康相談やサロンが開催された。サロンは「にこにこサロン」と名づけられ、2011年5月から2012年2月まで、18集落でそれぞれ3回ずつ開催された。参加者は延べ505名であった。このサロン活動は、仮設住宅の住民と地域住民との交流を活発化し、元気が出たという感想が多くあったという。

E.民間組織の自主活動 ―草の根のつながりによる広がり―

避難所担当の村職員だった樋口正幸氏は、避難所に配られた手作り新聞(2011年3月13日開始)に「まけんなっ!栄村.」と名付けた。もともと栄村は、1995年に村の公社職員が絵手紙展を開いて以来、趣味やサークルの活動が広まり、絵手紙の里として知られていた。地震直後から励ましやお見舞いの絵手紙が次々に届いた。樋口氏はこれを手作り新聞に載せた。「心配している人たちが大勢いることを伝えたい。絵手紙は勇気が出る」と考えた。手作り新聞の発行は4月3日の32号まで続き、村役場や展示施設に寄せられた絵手紙は1年で7千通余りにのぼった。

 

4.地震後の様々な活動から

@ 外部支援の役割をもつ当センターは、2011年9月に村民を対象とした健康福祉大会に「災害時の心のケア」の講演、11月には民生・児童委員や保健補導員、介護支援等、関係者を対象とした自殺予防ゲートキーパー養成研修会も実施しているが、災害時の心のケア活動は自殺対策と共通点が多いことに気付かされた。

A 災害時の心のケアの研修として、東日本大震災に派遣された保健師、栄村の保健師による緊急報告会を当センター主催で2011年8月に実施し、県内各地から65名の参加があった。

B 2012年3月には、中越地震後に設置されていた新潟県精神保健福祉協会こころのケアセンター(対象地域が山間部で共通であった)のご協力を得て、栄村の災害後の中長期的な心のケアに役立てる研修会を企画した。

C 栄村は県北部地震の記録集「震災記録集.絆」を2013年3月に刊行した。被災状況の写真や住民の寄稿も掲載している。避難所暮らしが続く中で、気持のやり場がなくなり、ちょっとしたことでトラブルが起きたといった当時の状況が綴られている。

D 2014年6月に栄村の長野県国保地域医療学会で、シンポジウム「災害医療と地域連携」が開かれた。シンポジストは栄村保健師、飯山赤十字病院院長、筆者、長野県医療推進課課長で、助言者は鵜飼卓(兵庫県災害医療センター顧問)、石井正(東北大学病院 総合地域医療教育支援部部長)であった。このシンポジウムを契機に、災害時の心のケアの初動はDMATに少し遅れるくらいで、できるだけ早い方が望ましいことが再認識できた(現在ではDPAT活動に相当する)。このことが、御嶽山噴火災害、神城断層地震、軽井沢スキーバス事故、長野県防災ヘリ事故、台風19号豪雨災害等への当センターの心のケア活動の速やかな参加に繋がった。

E 栄村では2016年4月、JR飯山線の森宮野原駅前にパネル展示や証言映像等、地震の記憶を後世につなぐために設けられた「震災復興祈念館」が開館した。住宅の全半壊といった建物被害や亀裂の入った道路、農業被害などの概要が示され、被害の大きさを伝えている。当時の多くの絵手紙も並べられている。

 

5.Build Back Betterの観点からの復興について/6.栄村小滝集落におけるBuild Back Better

1.はじめに/2.栄村の現況
3.地震時の様々な支援活動/4.地震後の様々な活動から
5.Build Back Betterの観点からの復興について/6.栄村小滝集落におけるBuild Back Better
7.レジリエンスの視点から/8.おわりに

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