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こころの健康シリーズ\ 現代の災害とメンタルヘルス

No.6 原発事故と
コミュニティの混乱について

ほりメンタルクリニック 堀 有伸


はじめに

 「賠償が追加されることによって、せっかくまとまりかけたコミュニティが、また分裂してしまう。受け取れる金額が異なっているからだ。そもそも震災後に友人たちはみな他の地域に避難して帰ってこない。原発事故によって何もかも奪われた。」

 2023年3月のある日、診察室内で上のような患者さんの発言を聞いた。痛ましいと思った。彼女は原発事故後に避難指示が出た、原発から20q圏内の出身者である。震災直後には福島県内の少し遠方に避難した。その数年後に、元の住まいから比較的近い、南相馬市内の原発から30q圏を少し外れた所で暮らすようになった。その後に彼女の出身地の町の避難指示が解除されたが、そこには戻ろうとしない。

 原発事故の影響といえば、放射線による直接的な健康被害を連想する人が多いと思う。しかしそれ以外にも、避難や移住による間接的な健康被害が大きかったことが明らかにされつつある。たとえば、震災時に急遽の避難を行った病院や高齢者施設で死亡率が上昇したことや、被災者で糖尿病等の慢性疾患が悪化する傾向が認められたことなどが報告されるようになった。当然メンタルヘルスへの影響も深刻であり、うつ病やPTSDの発症率が被災者で高かったとする報告が増えてきている。

 同時に、質問紙を用いた調査では評価しきれない被害の実態もあると感じている。筆者自身の自己紹介をここで行いたい。精神科の医師であり、2012年4月に東京から福島県南相馬市に移住した。最初の3年間は震災で一時休業した地元の精神科病院の常勤医となり、その再開に協力した。2016年4月に市内で精神科・心療内科を標榜するクリニックを開業し現在に至っている。毎日の生活や診療のなかで、感じること・考えることが多いのだが、今回は原発事故の影響の複雑さと多様さについて報告したい。それと関連して、自分の立ち位置を日々ふり返って明確にしていくことが、仕事を継続する中で大切だったことを強調したいと思う。

 

避難指示が出た地域と出なかった地域の差

 原発事故の被災地で働く中で感じるのは、「避難指示が出されずに、人が継続的に生活していた地域」と「避難指示が出たために、数年間基本的に人が生活しておらず、避難指示解除後にコミュニティの再建が目指されている地域」の違いである。前者の地域については、震災後10年以上が経過して、少なくとも表面上は普通の生活が取り戻されている。後者は原発から20q圏内と、事故時の風向きの影響で線量が高くなった飯舘村や浪江町津島地区などを中心とした地域である。これらの地域の避難指示は原発事故後に、順次解除されていった。しかし大熊町や双葉町のように現在でも一部しか解除されていない自治体もある。これらの年余にわたる避難を経験した地域は、現在でも人口減少と極端な高齢化、医療や教育・商業施設の整備が不十分な状況のために、コミュニティが日常的な姿にまで復旧したとは言い難い。何年間も続いた避難生活に続き、地域社会全体の将来への不安を抱えながら、ゼロからのコミュニティの再建という課題に取り組んでいる途上である。

 被災者たちの感情に大きな影響を与えているのが、賠償金の問題である。大雑把に理解するならば、避難指示が出なかった地区ではそれが少なく、指示が出た地域では額が大きい。しかしその二つの条件による差以外でも、さらに細かい状況の違いで、支払われる賠償額が大きく異なる場合がある。そこから冒頭に紹介した女性の、「追加で賠償金が支払われることになったが、それによって折角少しまとまってきたコミュニティが分断されてしまう」という嘆きが発生する。20q圏外でも、30q圏内の地域では原発事故後に「屋内退避指示」が出され、人々の生活は大変な混乱と困窮を経験した。外部の地域の人々が30q圏内に立ち入ることを危険と認識し、食糧やガソリンなどの物資が入ってこなくなったのだ。逆に、30q圏を少し超えた地域の人々も大変な困窮を経験したのだが、その人々から「同じような思いをしたのに賠償金が驚くほど安い」という声が聞こえたのは、それほど珍しいことではなかった。それに対する20q圏内の人々からの、「賠償金は確かに受け取った。しかしそれでも故郷を失い、コミュニティがバラバラとなり、住む場所も定まらない苦しみを分かるのだろうか」という嘆きを耳にすることも同様に少なくなかった。つい先日の診察でも、震災後に福島県外に避難し、そこで就職した際にくり返し「賠償金をたくさんもらってずるい。どうせ働かなくても良いのだろう」と陰口を叩かれたことを、外傷的な体験として記憶していることを確認できた人がいた。意外と多いのが、避難時にペットを置いて来たことを苦にしている人々である。避難指示のことを理解できないまま飼い主をじっと見つめる愛犬や愛猫への思いを、必死に振り払って出発した場面をありありと覚えている方々がいる。このような被災者の中の分裂や葛藤と、どのように精神医療にかかわるものは向き合っていくべきなのか。

 

国や東京電力への怒りや憎しみについて、どう考えるか

はじめに/避難指示が出た地域と出なかった地域の差
国や東京電力への怒りや憎しみについて、どう考えるか
PFA: Psychological-first aidが支えになったこと/現在見えているもの

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