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こころの健康シリーズVI 格差社会とメンタルヘルス

12 『ホームレス』問題はハウジングファーストから
―路上は最悪の場所ではない―

認定NPO法人世界の医療団理事/精神科医
森川すいめい

 

6.今求められるのは「ハウジングファースト」

 アメリカでハウジグファーストモデルが組織化して開始されたのが1992年でした。この動きは画期的な成果を生み出し世界中に広まっています。旧来の支援とハウジングファーストの支援の違いを説明します。

1)旧来の支援
 これまでは、ホームレス状態の人に対し、シェルターを用意し、服を用意し、食事を用意していました。なかなかホームレス状態から脱しようとしないので、彼ら彼女らが好きでホームレス状態になっているのだと思う人が多くいました。一方で、実際に親身に支援をしている人にとっては、彼ら彼女らが本当は脱したいのだと知っていました。彼ら彼女らにとって必要なものは衣食住ではなく、自分らしく生きられる場所での生活だと知っていました。シェルターで管理された生活では手に入りませんでした。シェルターで生活が管理され、他者に評価され、税金で生活を支えられていることを何度も指摘され、そうした管理を数か月から数年受けた後で、ようやくご褒美としての家を与えられていました。ホームレス状態にあった人たちの多くは、ホームレス状態になるまでにたくさんの傷ついた体験があります。そしてホームレス状態に至ります。いったんその状態になると、なかなか脱するための選択肢がありません。住所も金もなければ仕事は得られないわけです。ホームレス状態から脱するための数少ない選択肢の一つがシェルター様の施設での生活です。彼ら彼女らには、シェルターに入るかホームレス状態のままでいるかの、二つの選択しかない場合がほとんどです。選択肢があるようで実際はないのと同じでした。何とか頑張ってシェルターで生活しても、人間関係がうまくいかなかったり、自尊心をひどく傷つけられたりします。自尊心がボロボロになると生きていられなくなるので、ぎりぎりのところでシェルターから脱出していました。そして一度でも『失敗(レールから外れる)』すると、二度目の挑戦はさらに難しくなります。

2)ハウジングファースト
 ハウジングファーストとは、このステップアップ式の支援をやめ、最初から、恒久的に住むことができる住まいを得るという支援スタイルをいいます。他者に生活が評価され、住まうことを許可される必要はありません。たとえ、薬物依存症であっても、薬物をやめることを条件に住まいを得られるといった条件はありません。最初から得ます。始まった当初は、当然ながらそんなことは無理だと周囲の人は思っていたわけですが、実際には大きな成果がありました。アメリカのPathwayという組織は、ハウジングファーストを開始し、このサービスを利用した人のうち90%以上の人が住まいを得続けることに成功しています。これまでほとんどの人がシェルターに入っても再度ホームレス状態に戻っていました。彼ら彼女らは、住まいを得ることで自分を大切にし始めたのです。無茶をしなくなり、生活を守るようになりました。考えてみれば当然のことです。私が現地で出会った女性は薬物依存症が原因でホームレス状態になっていて、長い間、様々な支援を受けてもホームレス状態から脱することができませんでした。そしてPathwayと出会い、最初から住まいを得ることになりました。彼女はその後、家族と再会し、今は一緒に住んでいます。彼女の笑顔を忘れることはできません。最初から住まいを得たら失敗するでしょ?と支援者たちは言います。これに対し、ワシントン支部のCEOは、「人は20回失敗しなければわからないことがあるのです」と言っていました。お金がないから、住まいを失ったから、そういう理由で私たちは選択肢が奪われます。失敗する権利も奪われます。ハウジングファーストは、失敗する権利を本人たちに返したのです。

まとめ

 ホームレス状態のひとは、その状態に至る過程で多くの傷ついた体験をしています。貧困であることや、障がいを持つ人は、そうでない人よりもよりホームレス状態になりやすいです。路上に至る過程で傷ついた自尊心は、ホームレス状態になってから回復するのは難しいです。そうした人たちにとって路上生活は最悪な場所ではありません。厳しい環境ではありますが、生き延びるためにたどり着いた場所です。多くの支援は、自尊心の回復には目を向けず、ホームレス状態になった失敗にだけ目を向けます。次は失敗しないようにと管理型の支援を開始します。朝起きる時間、食事の種類、買っていいものなどを管理されることによって、ますます自尊心を傷つけられます。そして再びホームレス状態になります。傷ついた自尊心と失った選択肢は、ホームレス状態になった人が、再びその状態から脱することを難しくします。求められる支援とは、ホームレス状態から脱するための衣食住や失敗管理ではありません。必要なのは再度挑戦するための自尊心です。現在の支援の多くは自尊心を削るものばかりです。ハウジングファーストの試みは自尊心を再び回復するための援助を実現します。今、日本でもこの試みが始まってきています。

 

1.路上生活の場所以外に自由はない/2.路上生活に至った背景の多くは孤立
3.路上生活は苦しい/4.お金がないことは機会の不平等となる
5.路上生活はホームレス状態の人の一部にすぎない
6.今求められるのは「ハウジングファースト」/まとめ

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