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東京都立大学人文学部 稲葉 昭英 2 有配偶女性の就労とメンタルヘルス結婚している(有配偶)女性の就労が女性自身に及ぼす効果については、2つの異なった仮説があります。ひとつは、メンタルヘルスに悪影響が生じる、という役割過重仮説です。この仮説は、女性は家事や育児・介護を担当しなければならないことが多いため、職業をもつと二重負担に苦しむ、このために心理的に良くない結果が生じると考えます。この仮説が正しいなら、共働き女性よりも専業主婦の方が心理状態がよいことになります。
役割過重仮説は、夫が家事や育児に参加しないほど成立すると予想できます。そして、家事や育児・介護の総量が多いときほど、言い換えれば育児や介護が必要な時期ほど、また職業上の役割が多い人ほど、つまり臨時雇より常勤に、パートタイムよりフルタイムに成立しやすいと予測できます。一方、役割展開仮説は、女性が仕事を通じて得られるものが多いほど成立することが予想されます。 では、データはどちらを支持するのでしょうか?
平均値だけ見ると、常勤の女性のディストレスはもっとも低いものでした。他のデータでも、乳幼児を抱えた時期に常勤の女性に高いディストレスが経験されていることを報告するものは筆者の知る限りありません。少なくとも、役割過重仮説は成立していないことになります。共働きの妻をもつ夫が、家事や育児に参加し、妻に協力的であるためにこうした結果が生じたのでしょうか? 答えは否です。夫の家事・育児参加の程度は妻の経験するディストレスと統計的に有意味な関連を示しませんでした。早い話が、夫が家事・育児に参加しようと、しまいと、働く妻のディストレスに大きな差異は見られないのです。どういうことなのでしょう? この謎を解く鍵は親族の存在と機能にあります。6歳以下の子どもをかかえて常勤で仕事をしている女性は、そのほとんどが「いざというときに子どもを預けることのできる親族(具体的には別居している親やきょうだい)」を保有していました。そして、こうした親族を保有していない人はきわめて高いディストレスを経験していました。要は、緊急時に子どもを預けることのできる親族を保有している人が常勤で就労し、こうした条件に恵まれていない人の多くは常勤での就労を断念していたのです。つまり、夫の家事・育児参加よりも親族の利用可能性が、共働き女性にとっては重要な機能を果たしていたのでした。これは、夫婦が家族の基本的な単位である欧米とはきわめて異なった、緊密な親族関係の中に家族が存在するアジアに特有の現象であるようです。 こうして、夫の家事・育児参加が低いにもかかわらず、常勤の女性に役割過重仮説が成立しないことが理解できます。家事や育児を夫婦間で分担するのではなく、親族で分担していたからです。親族が存在しない場合は役割過重仮説が成立し、女性が仕事と家庭の両立に疲弊することになりますが、そもそもこうした選択をしている女性は少数でした。ということは、仕事を続けたいのにこうした親族が存在しないために、就労を断念して専業主婦を選択している女性が少なからず存在する、ということです。
このように、意外なことですが、未就学の子どもを抱えた時期よりも、小学生の子どもを抱えた時期に共働き女性に役割過重が経験され、好ましくないメンタルヘルスの状態が生じるようです。
1.女性の就業の動向 |
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