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こころの健康シリーズZ 21世紀のメンタルへルス

No.11 腸内細菌を介した腸と脳のクロストーク
〜虫の知らせを科学する〜

慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室
黒川 駿哉 岸本 泰士郎


はじめに

 「腸は第二の脳」、などと言われ、注目を集めています。英語圏で直感=Gut feelingといいますが、私たち日本人の文化の中でも「虫の知らせ」「腹の虫の居所がわるい」などという言葉があるように、腸と脳の密接な関わりについての理解は、古くから私たちの身体感覚に 根付いているのでしょう。近年、メタゲノム解析、メタボローム解析など、腸内細菌の分析 科学的手法の発展に伴い、私たちの腸内に住み着く「虫」についての新たな知見が次々と報告され、エビデンスが蓄積されつつあります。本稿では、腸内細菌を介した腸と脳の関係について、精神神経科学領域において、特に腸内細菌の乱れ(dysbiosis)との関連が指 摘されているうつ病と自閉スペクトラム症を中心に、想定されている機序の一部、現在までに行われている臨床研究、さらには腸内細菌に直接働きかけ、抜本的な変化をもらたす腸内細菌叢移植療法(fecal microbiota transplantation:FMT)の可能性について紹介します。


腸内細菌との出会い

 私たち一人一人の腸管内には、100兆個以上1000種類以上の個性をもった菌叢が存在するとされます。腸内細菌は、私たちの摂取した栄養の一部を得る見返りとして、病原菌の侵入を防ぎ、私たちにとって有用な栄養素を提供するなどによって、様々な利益をもたらし、相利共生関係を築いています1)・2)。また、私たちは生体恒常性(ホメオスタシス)を維持するために、総重量約1.5Kg、遺伝子の総数もヒト遺伝子数を遥かに凌駕する500-1000万とされるこの「もう一つの臓器」に生体機能の多くをアウトソーシングしています。

図1 周産期において子の腸内細菌へ影響を与える様々な要因(Heijtzら2016を改変)

 私たちは無菌環境とされる子宮から産まれ、出産を機に産道や母のおっぱいの皮膚から常在菌を受け取り、腸内細菌は食事や生活環境、抗菌薬の使用などの様々な影響を受けながら変化していきます(図1)。乳幼児の腸内細菌叢の構成はシンプルですが、安定性は低く、どの産院で生まれたかなどの影響ものちの腸内細菌の形成に影響を与えることが報告されています。また、乳幼児期の腸内細菌への影響が、のちの肥満、糖尿病、アレルギー、腸炎、腸管の透過性などに関与しているという報告も多数出てきています。我々精神神経科学の領域では、周産期の母親の整腸剤(probiotics)摂取が、生まれてくる子どもの自閉症や注意欠如・多動性障害のリスクを下げるという報告があります。3歳ころまでに菌叢は概ね安定し、その人の生活習慣に合わせた個性を持った成人型となるといわれています。


腸内細菌が脳に影響を与えるメカニズム

 近年の腸内細菌叢解析法の発展、無菌環境でマウスを飼育する技術の発展により、ヒトの気分や行動、神経発達についても、腸内細菌の役割が明らかになりつつあります。腸内フローラ-腸-脳軸(microbiota-gut-brain axis)を介して、脳と腸は迷走神経、免疫、代謝系に複雑に相互的影響を与え合っていることがわかってきました。

 須藤らは、視床下部-下垂体-副腎皮質系(HPA axis)を介した経路として、腸内細菌のいない無菌マウス(GFマウス)と通常マウスを比較したところ、GFマウスでは身体拘束の負荷によるストレスホルモンであるコルチコステロンの上昇反応が有意に亢進していたことを示しました。また、GFマウスを菌叢の操作により腸内環境を通常化することで、その反応が減弱することを示しました。また、脳由来神経成長因子(brain derived neurotrophic factor:BDNF)濃度を比較したところ、GFマウスでは通常マウスと比較して、海馬、前頭葉でのBDNF濃度が有意に低下していたことから、ストレスの反応性や神経栄養因子に腸内細菌が関わっていることを示しました3)

 自閉症のモデルマウスを用いた研究では、ヒト常在菌であるBacteroides fragilisの投与によって自閉症様行動が観察されなくなり、消化管バリア障害が改善し、サイトカイン発現の変化も正常化したことを示しました。さらに、血清メタボローム解析の結果、この菌の投与による治療前後で大きく変化していた 4-ethylphenylsulfate(4EPS)という腸内細菌由来代謝物を同定しました。 4EPSはヒトでは尿毒症物質として知られていますが、4EPSを単独で健常マウスに腹腔内投与することで、不安行動が惹起されたことを確認されています4)。この研究はあくまでもモデルマウスを対象にした研究ですが、腸内細菌に由来する代謝産物が、自閉症様行動を誘導することを示し、脳-腸-腸内細菌叢の因果関係についての示唆を与えた興味深い報告です。

ヒトのうつ病や自閉症の腸内細菌/整腸剤(probiotics)や抗菌薬による治療の応用の可能性

はじめに/腸内細菌との出会い/腸内細菌が脳に影響を与えるメカニズム
ヒトのうつ病や自閉症の腸内細菌/整腸剤(probiotics)や抗菌薬による治療の応用の可能性
便の移植による治療の可能性/向精神薬の腸内細菌への影響/おわりに

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