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こころの健康シリーズ] 成人の発達障害とメンタルヘルス

3「成熟した発達障害成人像」の問いから
ニューロダイバーシティを考える

一般社団法人 子ども・青少年育成支援協会 村中 直人


はじめに

 医師により「あなたは発達障害だ」と診断が告げられるとき、その人には診断名と同時にいったい何が伝わるのだろうか。「あなたは“定型”発達ではない」と告げることは、同時に「あなたは劣った存在である」というメッセージを含んでいないだろうか。そして、「適応できるように支援する」という善意の言葉の裏側には、「劣ったあなたを矯正する」「今の社会こそが正しい」という前提が隠れてはいないだろうか。

 発達障害の医療化が進む現在、早期発見・早期療育の重要性が強調され、診断を受ける人の数は増加の一途をたどっている。医療や支援の現場では、「社会への適応」を目標に掲げた介入がさかんに行われ、その多くは善意に基づいているだろう。しかし、そこで言う「適応」とは、現在の社会のあり方を前提とし、そこに個人を合わせることのみを意味していないだろうか。

 別の言い方をするならば、医療は本当に「障害」を診ているのか、それとも生きづらさを根拠に「多数派との違い」を病理化しているだけなのかという問いでもある。この問いは決して医療を否定するものではない。むしろ、より良い医療と支援を実現するために、立ち止まって考える必要がある問いだろう。

 本稿では、「成熟した発達障害成人像とは何か」という問いを軸に、ニューロダイバーシティの社会実装について考えたい。なお、私は医師ではなく臨床心理士であり、診断や薬物療法の権限を持たない立場から、この問題を提起していることをお断りしておく。唯一の正解を示すのではなく、読者の皆様とともにこの問いを考えていきたい。

 

1. ニューロダイバーシティとは何か

 近年、日本でも医療・支援現場で「ニューロダイバーシティ」という言葉を耳にする機会が増えた。しかし、この用語の意味を正確に理解している専門家は、実はそれほど多くない。よくある誤用は、ニューロダイバーシティという言葉をまるで「発達障害の言い換え」かのように使用することだ。子育て教育の文脈ならば、「ニューロダイバース(神経多様性のある)な子ども」、産業就労領域ならば「ニューロダイバーシティ人材」などという言葉が、発達障害児・者を意味する言葉として使われている。

 しかしながらこの言葉が生まれた背景、経緯を知ればそれが誤りであることがすぐに分かる。ニューロダイバーシティは1990年代後半に自閉スペクトラム成人当事者たちによって生み出され、社会運動の文脈によって育まれてきた言葉である。背景要因として重要なのはインターネットの登場である。彼/彼女らはインターネットという新たなツールを用いることで、時間や空間を超えて同種の仲間と(おそらく多くの場合で初めて)出会うことになった。

 重要なことは、インターネットを通じて多くの自閉スペクトラム者が「コミュニティ」や「社会的コミュニケーション」を楽しむようになったという事実である。それまで自分たち自身も、精神医学上の定義である社会的コミュニケーション能力や共感能力の欠如があると信じ込んでいたが、実際にはそうではなかったのだ。自閉スペクトラム者には独自のコミュニケーションスタイルや価値観があるが、少なくとも同種、かつ気の合う仲間同士においてはそれは「障害」とはならなかった。こういった体験を通じて彼/彼女たちは、自分たちが今までいかに世の多数派が作り出した「正常(Normal)」に抑圧されてきたかに気づき始めた。そして当時、環境問題の悪化により耳目を集めていた生物多様性の概念を拝借する形で生み出されたのが、「ニューロダイバーシティ」という言葉である。

 生物多様性の概念が特定の種を指す言葉ではないように、ニューロダイバーシティもまた特定のマイノリティを指す言葉ではない。人間という存在そのものの多様性を訴え、また多様であること自体に価値や意義があると主張する。つまりニューロダイバーシティは、障害の言い換えではなく、人間理解のパラダイムシフトを志向する言葉として生まれたのだ。

 自閉スペクトラム症の当事者でもあるジェーン・メイヤーディングは、興味深い指摘をしている。彼女は、ニューロダイバーシティという概念は、「ニューロユニバーサリティ(神経学的普遍性)」という、これまでの暗黙の前提へのアンチテーゼだと述べる。

 つまり、私たちは無意識のうちに、人間は条件さえ揃えれば皆基本的に同じように世界を認知し、同じように感じ、同じように考えると想定してきた。そして、その「普遍的な人間像」から外れる者を「障害」として位置づけてきた。しかしニューロダイバーシティは、「人間は、そもそも多様な存在である」という人間理解を提示する。少なくともこれまでの社会通念で想定しているよりも「人は互いに似ていない」存在なのだ。

 この視点は、「正常(Normal)」という概念そのものへの批判を含んでいる。

 そう考えると、「定型発達」という概念の相対化が必要となるだろう。私たちは無意識のうちに、定型発達を「人間の標準形」「あるべき姿」として捉えていないだろうか。しかし「定型発達(neurotypical)」という言葉は、本来「神経学的多数派」を意味するにすぎない。それは人間としての優劣を示すものではなく、統計的な多数性を示す概念である。

 

2.「成熟した発達障害成人像」という問い

はじめに/1. ニューロダイバーシティとは何か
2.「成熟した発達障害成人像」という問い
3. 自閉人の特性をフラットに理解する/おわりに

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