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こころの健康シリーズ] 成人の発達障害とメンタルヘルス

3「成熟した発達障害成人像」の問いから
ニューロダイバーシティを考える

一般社団法人 子ども・青少年育成支援協会 村中 直人


2.「成熟した発達障害成人像」という問い

 ここで一つの思考実験を試みたい。もし自閉スペクトラム者が人口の90%以上を占める社会(自閉世界)があったとしたら、何が起こるだろうか。そこでは、言葉を文字通りに受け取る直接的なコミュニケーションが「普通」とされ、曖昧な表現や暗黙の了解に頼る人々の方が「空気を読みすぎる」「回りくどい」と評価されるかもしれない。感覚過敏が多数派であれば、環境は自然と静かで刺激の少ないデザインになるだろう。そうした社会では、現在の「定型発達」の人々こそが「社会適応に困難を抱える」と見なされる可能性がある。つまり誰が「定型」で誰が「障害」なのかが入れ替わるかもしれないのだ。

 そんなことはあり得ない。そう思われる読者も多いかもしれない。

 しかし、キャサリン・クロンプトンらが、2020年に発表した興味深い研究を知ると考えが変わるかもしれない。彼女らは、自閉スペクトラム者同士、定型発達者同士、そして混合グループという三つの条件で情報伝達課題を行った。結果は驚くべきものだった。コミュニケーションの問題が発生したのはミックスグループだけだったのだ。さらに興味深いのは、各グループのラポール形成を尋ねると、それもミックスグループのみで低かった。つまり「自閉スペクトラム者のみ」「非自閉スペクトラム者のみ」のどちらもコミュニケーションが円滑で、相互に好感を得るコミュニティを形成したのだ。

 この研究は何を意味するのか。従来、自閉スペクトラムの「社会性の障害」は個人に内在する欠陥として理解されてきた。しかしこの研究結果は、コミュニケーションの困難は相互作用の問題であり、認知スタイルの異なる人々の間で生じるものだということを示している。自閉世界における、「社会性の障害者」は現状の定型発達であるという発想がそう突飛なものではないことがご理解いただけるだろう。

 自閉世界に関する思考実験が示すのは、「障害」とは絶対的なものではなく、多数派のあり方を前提とした相対的な側面を含んでいることだ。私たちの社会は、神経学的多数派の人々に最適化されており、それ以外の認知特性を持つ人々に「適応」を求めている。私はこれをニューロセントリズム(自神経中心主義)と呼んでいる。

 ここで問題になるのが、本稿のメインテーマである「成熟した発達障害成人とはどんな人物なのか」という問いである。ここで間違えてはいけないことがある。この問いは現状の社会において適応的に生きていける発達障害者像を問うものではないことだ。この問いはあくまで、多数派が入れ替わった逆転世界において「成熟していると評価される大人」はどんな人なのかという命題である。それは定型発達社会における常識とはまったく異なる人物だろうか。それとも、私たちのよく知る「成熟した大人」と見分けがつかないほど似た存在だろうか?

 私はこの問いをとても重要な問いだと捉え、長らく悩み考え続けてきた。なぜならば、この問いは「発達障害(神経発達症)」への支援や治療のあり方を大きく変容しうるものだからだ。もう少しシンプルに言えば、私たちは一体何を目指して支援(診療)するのか、につながる問いである。

 ここからは議論をよりシンプルにするため、自閉スペクトラム症に絞って展開する。もし、自閉世界の成熟した大人が私たちの知る「成熟した大人」の人物像と大きく異なるのだとしたら、私たちはそれを目指して支援するべきなのではないだろうか。そして個人的な臨床実感に過ぎないが、自閉世界の「成熟した大人」は今の日本において適応的な人物像と大きく異なるだろうと、私は考えている。(この点については自閉スペクトラム症当事者である横道誠氏との共著で自閉世界を探究した「海球小説次世代の発達障害論(ミネルヴァ書房)」をご参照いただきたい)

 現在の支援は多くの場合、「今の社会への適応」を目標としている。社会的コミュニケーションスキルの獲得、集団行動への適応、感情のコントロール。現状の社会で生き抜くという意味において、重要な支援目標であることは否定しない。しかし、それは同時に「多数派の価値観に合わせること」を求め、定型発達に近づけようとしてしまう罠と隣り合わせであることと、向き合わなくてはならないはずだ。

 

3. 自閉人の特性をフラットに理解する/おわりに

はじめに/1. ニューロダイバーシティとは何か
2.「成熟した発達障害成人像」という問い
3. 自閉人の特性をフラットに理解する/おわりに

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