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こころの健康シリーズ\ 現代の災害とメンタルヘルス

No.2 緊急事態発生時の
初期対応の重要性

明星大学名誉教授 高塚雄介


はじめに

 日本は災害大国と称されるほど、災害の多い国である。地震、津波、火山の噴火、大雨による浸水、がけ崩れ等次々に起きる大規模な自然災害だけではなく、最近はいわゆる人為的災害というものも増えている。物理的な原因がはっきりしている火災や爆発ではなく、放火などの犯罪行為、性的犯罪や虐待。いじめなどのハラスメント、さらには原子力発電の事故や無謀な土地造成がもたらす地滑り。危険行為による交通事故などが日を追って報じられている。人災と呼ばれるものの多くはあらかじめ防ごうとすればほぼ可能とされるのだが、人権と絡む問題もありその予防は簡単ではないとされる。自然災害であれ人為災害であれ、それに遭遇すると人(もしかすると多くの動物も)はその直後には「急性期ストレス障害」に襲われ、やがてPTSDと呼ぶ心理的負荷に陥る人が生まれることが近年よく知られている。

 しかし、後でふれるが、自然災害によりもたらされるPTSDと人為的災害がもたらすPTSDとでは筆者の体験ではかなり違いも存在している。そこに着目して対応することも求められてくる。

 先ほど、予期せぬ災害に直面すると多くの人の心はまず「急性期ストレス障害」というものに陥りやすいことを指摘した。これは、放置されると人によっては後にPTSDと呼ばれる心的外傷をひき起こしやすいのだが、多くの人たちはやがて緩和されてはいく。つまり初期段階のそれはまだPTSDとは違う。危機の直面から数か月〜半年程度で重い心的外傷が出現し、それをPTSDと呼んでいる。

 一般の人々の多くは、災害に直面した人はすべてPTSDになってしまうことを前提とした治療的対応が必要であるかのように考え、すぐに「心のケア」が必要であるとしてカウ ンセリング的なものが必要だと動きだす向きもある。しかし筆者の体験からすると初期段階とPTSDの治療的段階とでは心のケアと言っても同じではない。自然であれ、人為的なものであれ、それに直面した直後に人々にとって心のケアに必要なことは、まず正確な情報の提供である。自然災害であるならば、身体の負傷の有無に対しては早急な治療が求められるのは言うまでもないが、仮に身体的な負傷がなくても、心理的にはかなりの不安・動揺が走っている。そこに出現するのが急性期ストレス障害というものである。

 そこにまず求められるのは何がどのような原因により起きたのか、この先どうなるのか、周辺の状況はどうなっているのかという事実を知ることである。しかし自然災害の場合、そうした情報は被害者に届くことは難しくなる。今は情報の時代とされる。テレビやラジオ、SNS等を通じて必要な情報は何でも手に入るとされる。しかし、それは平常の状態のことであって緊急時にはほとんど被災者の目や耳に届くことはない。通信機器を使おうとしてもどこに連絡すれば良いのか多くの人はわからない。まずどう対応したらよいのか右往左往して人は混乱の中に留め置かれる。台風や大雨などある程度前もって予知されているケースでは、あらかじめ周知されている避難方法や経路などに沿って行動出来る。避難場所がどこにあるのかも承知しているだろう。しかし突然襲う地震や火山の爆発などはそうはいかない。避難道路そのものが不通になっていたり、水であふれ動けなかったりもする。建物が崩壊したり火災に巻き込まれたりもする。近年はそうした場合、個人の自己判断と責任で行動するようにと国は指示する。しかし、全ての人間がそれを可能とすると考えるのはいささか安易すぎるのではないだろうか。すべての人間が自己判断と自己責任が大切とする現代社会においては当然とされる価値観ではあるが、緊急の場合にも至極当然なものとして喧伝する。それは考え方としては間違っていないのだか、そう出来ない人間も、実際には少なくない。身体的弱者や高齢者だけではない。一見すると身体強健に見えても、そのように判断できない人もいる。ひきこもりに対してやたらに自立を強いる発想とよく似ている。緊急時にはテレビも携帯電話も使えなくなりやすい。インターネットも使えなくなり、年齢によっては普段からそうしたものに接していない人も実は多い。そこに混乱が生まれ、デマがもたらされやすくなる。そうならないようにあらかじめ策を練っておくことが必要である。

 

初期対応としてまずしなければならないこと/地域により異なる被災者の心理的傾向

はじめに
初期対応としてまずしなければならないこと/地域により異なる被災者の心理的傾向
自然災害と人為的災害/あらためて緊急事態の初期段階に求められるもの
心の歪みに対応することの難しさ

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