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こころの健康シリーズ\ 現代の災害とメンタルヘルス

No.2 緊急事態発生時の
初期対応の重要性

明星大学名誉教授 高塚雄介


初期対応としてまずしなければならないこと

 緊急事態に遭遇すると人の心にはまず不安が走る。そして不安は平常心では思いつかない事態を想起させやすい。誰かがそれを口に出すと周辺にいる者たちもそれに同化してしまうことが起きてしまいやすい。いわゆるデマがそこからもたらされる。関東大震災の時に、日本人ではない人たちが暴動を起こすと誰かが口にしたことがあった。それがあっという間にその人たちを襲い悲劇をもたらしたことが知られている。東日本大震災の時も、太平洋沿岸にある都市はすべて海底に沈んでしまうのかと尋ねられたり、熊本地震の際には動物園のライオンが逃げ出したなどという噂が広まったりもした。そうした根拠のないデマは人の心をさら不安にさせていく。当事者でない人間からするとどこからそんな情報がもたらされるのかと思うのだが、当事者からするとこれ以上の危険は避けたいという切実な思いに他ならない。町内放送や地域連絡網が機能していれば、正しい情報をすぐに流すことによって、デマ的なものは抑えられる。しかし、そうした機能も破滅していれば、どこからも正しい情報は伝わってこない。

 今から30年ほど前、国立精神保健研究所(当時)にいた吉川武彦氏と丸山 晋氏、それに私も加えて、日本精神衛生学会に本部を置くMCRT(メンタルクライシスレスポンスチーム)が結成された。これはアメリカ合衆国では緊急事態が発生すると全米各地から、精神科医や心理士、福祉ケースワーカーなどがただちに駆け付け、被災者のケアにあたるCRTという組織があると当時報じられていた。精神衛生の観点からそれに匹敵するものを作りたいとする考えがもたらされた。1993年に奥尻島で発生した地震と津波により多くの被災者が生まれ、その支援に入った心理専門家の報告も役に立った。その検討段階の時に起きたのが阪神・淡路大震災であった。当時の社会経済生産性本部の協力を得て、対応施設を急遽開設し被災地からの電話相談からまず活動が開始された。先日逝去された中井久夫先生からも多くの示唆をいただいた。当時はPTSDというものがようやく世間に知られ始めた時でもあり、それに対応するものであると関わった者たちの多くは考えていた。しかし、やがて緊急事態の発生がすぐにPTSDになるわけではなく、冒頭に述べた必要な情報が得られ、不安の軽減がきちんと図られることにより、それ以上の心理的ダメージの悪化を防ぎPTSD化する危険性を軽減させることにつながることがわかってきた。私もMCRTに所属し、阪神淡路、新潟や長野、北海道、東日本大震災などで起きた自然災害や、関西で発生した列車脱線事故等の支援に関わってきたが、そこでいろいろなことを学ばされた。

 その後厚生労働省などが指導する究明・緊急派遣システムとしてのDMATなどの組織が立ち上がっているが、MCRTの理念とはいささか異なるものである。

地域により異なる被災者の心理的傾向

 災害などによる緊急事態に陥ると、人の心は揺さぶられ、心のケアが求められることは言うまでもない。しかし、そこに住む人々の地域文化の在り方がその様相を変えていく。非都市型地域ではまず不安が訴えられた。そしてその不安は結局諦めるしかないという思いをその人自身にもたらしていく。そんなに諦められるものなのだろうかと思いもしたが、東日本大震災などの時には、津波に襲われた地域などでよく聞かされたのは、「自然からもたらされたからどうしようもないね。」「みんな同じだから仕方ないさ。」「生き残った者でこれから助け合っていくしかないやね。」などという達観した言葉であった。日本社会に昔から存在した結(ゆい)の成立に繋がるものと感じさせられた。諦めにも聞こえる言葉だが、私はむしろ生きるたくましさを感じさせられた。ただ都市型の地域では様相が異なっていた。マンションなどに住む人たちはあまり日常的な交流を持っていないせいか、近在の人同士があまり話をしない。そのためか避難した人たちには孤立感を有する人も多い。その分こちらから話を持ち掛けると一気に口を開く。そこでまず聞かされたのは不満であった。トイレが少ない。汚いし水が出ない。食べ物が少ないし、牛乳とパンばかり。自衛隊は何をしているのだ。国はこの状態をわかっているのか、などという不満が不安を口にする前に次々と口をついて出てきた。まずしかるべき所にそれを伝えますとしか言えないことばかりであった。

 

自然災害と人為的災害/あらためて緊急事態の初期段階に求められるもの

はじめに
初期対応としてまずしなければならないこと/地域により異なる被災者の心理的傾向
自然災害と人為的災害/あらためて緊急事態の初期段階に求められるもの
心の歪みに対応することの難しさ

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