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こころの健康シリーズ] 成人の発達障害とメンタルヘルス

No.2 成人の発達障害を専門として
ー自分史の最終楽章ー

公益財団法人神経研究所・晴和病院理事長 加藤進昌


はじめに 〜自分史ことはじめ〜

 「こころの健康シリーズ」で成人の発達障害が取り上げられることになった。この出版を手掛けている日本精神衛生会は、東京大学精神病学教室第3代教授である呉秀三先生の夫人皆子氏が大隈重信早稲田大学総長の妻である大隈綾子氏と設立した「精神病者慈善救治会」を母体とする、いわば日本精神医療の歴史を体現する組織である。そういう歴史を背負った刊行物で「成人の発達障害」がテーマに選ばれるようになった。そこまでに市民権を得たということは自分としても感慨深いものがある。

 このシリーズNo.1では市川宏伸先生が東京大学薬学部在学中の紛争の様子から書き起こされている。私は市川先生から1年遅れて東京大学に入学しているので、紛争についてはまさに「戦中派」世代である。市川先生にならって、私も学生時代から今に至るまでの自分史を綴らせていただこうと思う。

 紛争は日本の大学全体に大きな影響を与えたが、その震源ともいうべき東大病院精神科にはとりわけ大きな爪痕を残した。ほぼ30年の間、精神科の教室は停滞を余儀なくされたが、実にそこへ私自身が四半世紀ぶりに主任教授として戻ることになってしまった。それからは教室の復興を果たすために、また東大病院自体も莫大な赤字をかかえていたので、その体質改善のために奔走した顛末は、編集した『東大精神医学教室120周年誌』に記載したので、ここでは触れない。

 東大紛争と精神神経学会の内部紛争にほとほと嫌気がさした私は、意識的に精神科臨床から距離を置いて、まずは基礎神経科学に邁進することにした。そのために日本精神神経学会からも脱退して、神経内分泌学を自分の研究分野に定めたのである。2年間のカナダへの研究留学を含む、それから東大に戻るまでのおよそ20年間は主戦場を北米のSociety for Neuroscienceに置いて、世界の研究者と議論するのが年中行事になった。もうそれだけの気力も体力もなくなってしまった今、あの頃はなんだったろうとも思うが、世界各国の研究者たちと交流する日々は、かけがえのない経験だった。

 そのような日々の中で滋賀医科大学での12年は、一方で貴重な臨床経験の場であった。地方の医科大学は1県1医大であり、臨床的に稀有な例はほとんど医大に集まる流れであったことが大きい。今は東京での臨床経験の方が長くなってしまったが、滋賀で巡り合ったような症例には今に至るまで東京では遭遇しないのである。そして県の事業の一環として、判定業務として多くの自閉症児を診察する経験を積むことができたのである。

 

大人の発達障害の臨床ことはじめから17年

はじめに 〜自分史ことはじめ〜
大人の発達障害の臨床ことはじめから17年
発達障害医療の近未来
おわりに 〜治す医療から「治し支える」医療へ〜

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