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株式会社Kaien 代表取締役 鈴木慶太 1.はじめに:ビジネスの視点から福祉・医療を再考する必然性私は医療職でも福祉職でもありません。元々はNHKのアナウンサーとして報道の現場に身を置き、その後、米国のケロッグ経営大学院でMBA(経営学修士)を取得した、いわば「医療・福祉」とは別の世界でキャリアをスタートした人間です。そのような経歴を持つ私が、なぜ福祉や精神医療と接点を持つこの領域に足を踏み入れ、起業するに至ったのでしょうか。その原点は、2007年の夏、当時3歳だった長男の診断にあります。 MBA留学のために渡米するわずか2日前、区の保健センターで突きつけられた「発達障害の疑い」「自閉症」という言葉。当時、私は発達障害に関する知識をほとんど持ち合わせていませんでした。慌ててインターネットで検索して画面に並んだのは、「就職が困難」「一生治らない」といった、絶望を煽るようなネガティブな情報ばかりでした。息子に過度な期待を寄せ、将来のレールを勝手に敷いていた私は、その事実を受け止めきれず、「息子の人生は閉ざされた」という身勝手な絶望に突き落とされました。 しかし、転機は留学先の米国で訪れました。そこで私は、発達障害支援におけるパラダイムシフトとも言える二つの「視点の転換」を経験することになります。 第一に、デンマーク発のIT企業「スペシャリスタナ(Specialisterne)」との出会いです。ケーススタディで知った同社では、自閉スペクトラム症(ASD)の人々が主要な戦力として雇用されていました。彼らの持つ「特異な集中力」「微細な変化に気づくパターン認識能力」「反復作業を苦にしない特性」を活かし、ソフトウェアのバグチェックやデータ管理の分野で、「健常者」を遥かに凌駕するパフォーマンスを発揮していたのです。 医学的な文脈では「社会性の欠如」や「こだわりの強さ」として診断基準、すなわち「欠陥(Deficit)」とされる特性が、ビジネスの文脈を変えれば、高付加価値を生む「才能(Ability)」として換金されています。「障害(Disability)は個人の属性ではなく、環境とのミスマッチによって生じる」という社会モデルを、ビジネスとして実装した姿に、私は雷に打たれたような衝撃を受けました。 第二に、私自身の米国での「マイノリティ体験」です。日本社会では「東大卒・NHKアナウンサー」というマジョリティ(多数派)の中心にいた私が、米国では一転して、言葉も通じず、文脈(コンテキスト)も読めない「異邦人」となりました。早口の英語議論についていけない焦り。「空気を読む」ことができず、場違いな発言をしてしまう恐怖。暗黙のルールが理解できない孤独。「ポイントだけ話してくれ」「結論から言ってくれ」。そう急かされるたびに感じた劣等感は、まさに発達障害の方々が、日本語という母語の空間でありながら、日本社会のハイコンテクストな文化の中で日々感じている「生きづらさ」そのものではないかと気づいたのです。この「異邦人感覚」こそが、非専門家である私が当事者の感覚を理解しようとする際の原点となっています。 この原体験から、私は2009年に株式会社Kaienを創業しました。以来15年以上にわたり、大人の就労移行支援、学生向けの就活支援、小中高生向けの放課後等デイサービスを展開し、数千人の「働く」と向き合ってきました。本稿では、臨床や支援の現場(ミクロ)と、労働市場という社会(マクロ)の間にある「溝」を埋めるべく、現在進行形で起きている変化と、支援者に求められる視点の転換について論じます。
1.はじめに:ビジネスの視点から福祉・医療を再考する必然性 |
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