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株式会社Kaien 代表取締役 鈴木慶太 5.構造的変革への適応:職場の再定義マクロ環境や制度が変化する中で、実際の就労現場では「企業」「技術」「場所」という3つの軸でミスマッチが生じており、これらを統合した新たな生存戦略が求められています。 第一に、企業側における「合理的配慮」と雇用の質の乖離です。法定雇用率達成のプレッシャーから、「農園型雇用」等の雇用代行ビジネスが拡大しましたが、厚生労働省はこれに対し、「障害者の雇用は、事業主の事業活動の一環としてなされるべきもの」として規制を強化しています(厚生労働省職業安定局,2023)。「雇用率をお金で買う」ような形式的な雇用は持続可能性がなく、本業への寄与(職域開拓)が強く求められるようになりました。 また、2024年4月から民間企業にも義務化された「合理的配慮」についても、現場では混乱が見られます。採用時に「静かな環境」等を約束しても、現場の管理職にはリソースがなく、配慮が履行されないケースが多発しています。これを防ぐためにも、前述した取扱説明書を用い、無限の配慮を求めるのではなく、具体的かつ実行可能なルール設定へと落とし込む作業が不可欠です。 第二に、AI(人工知能)の進化による職域の消滅と創造です。これまで発達障害者の適職とされてきた「データ入力」「単純事務」などの定型業務は、生成AIやRPAによって急速に代替されつつあります。オックスフォード大学のオズボーン准教授らが指摘した予測と同様、障害者雇用の現場でも「パソコン入力ができれば就職できる」という時代は終焉を迎えようとしています(Frey & Osborne,2017)。 一方で、AIは新たな職域も創出しています。AIのアウトプットを検証するファクトチェックや、プロンプトエンジニアリング等の業務には、AIにはない「違和感に気づく力」や「論理的思考力・過集中」が求められます。これらは一部の発達障害者が持つ強み(ニューロダイバーシティ)と親和性が高いものです。これからの支援には、単なる事務スキルではなく、自身の苦手をAIに補わせる「AIとの協働スキル」の習得が必須となります。 第三に、地域格差と「場所」の戦略です。地方経済の衰退は障害者雇用においてより深刻であり、事務職やIT職の求人が少なく、専門医や支援機関も不足しています。そのため、現実的な解として「職と支援を求めて都市へ移住する」という選択肢が浮上しています。実際に、地方からKaienのプログラムに参加するために上京し、首都圏で就職・自立するケースは増加傾向にあります。これを「地方の切り捨て」と批判することは容易ですが、当事者の人生にとって、適切な医療・支援・職場環境が得られる場所に住むことは、極めて合理的な生存戦略です。医療従事者としても、地域リソースに限界がある場合、就労のための「戦略的転居」を選択肢として提示することは自立に寄与する可能性があります。
6.おわりに:専門性の「点」をつなぐ発達障害支援の現場は、福祉からビジネスへ、地方から都市へ、アナログからデジタルへと、目まぐるしく流動しています。 私たちKaienは、資本主義の荒波の中で、発達障害の方々が漕ぎ出すための「船」を作り、操縦技術(スキル)を教える存在です。しかし、その船がどちらへ向かうべきか、その人の本質的な特性や状態を深く理解し、指針を示すことができるのは、医療や福祉の現場で日々当事者と向き合う専門職をおいて他にありません。 「医学・福祉的なエビデンス」と「ビジネス的なリアリティ」。 この二つが噛み合ったとき、発達障害という特性は、もはや「障害」ではなく、この複雑な現代社会を生き抜くための、ユニークで力強い「武器」にすらなる可能性があります。診断や支援のその先にある「社会の構造変化」にも目を向けることは重要度をさらに増していくでしょう。
文献
1.はじめに:ビジネスの視点から福祉・医療を再考する必然性 |
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