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No.3 勤労者の自殺をめぐる諸問題

帝京大学医学部附属溝口病院精神科 張 賢徳
イラスト 清水 徳子


4.おわりに─自殺予防対策について

自殺プロセスという考え方がある。自殺はある日突然、何の前触れもなく起こるものではない。自殺プロセスの入口には、様々なストレス状況や喪失体験などが存在する。プロセスの結末は自殺ということになるわけだが、多くの場合、その前段階にはうつ病を始めとする精神障害が存在する。一口に自殺予防対策と言っても内容は多岐にわたるものであり、プロセスのどこにどのような対策を講じるのかを考える必要がある。

プロセスの入口に関しては、景気の回復という大きなテーマがあるわけだが、経済指標だけに目を奪われるのは危険である。景気回復のために効率性を重視し、経済指標はよくなったけれども自殺は減らない─これが日本の現状である。会社は従業員の幸福を考えるべきである。同時に、勤労者自身も、自らの適性や価値観・人生観を自問し、窮屈な一元的価値観から抜け出す必要があるだろう。

また、自殺を容認するような社会的風潮も変えていかねばならない。自殺を容認・礼賛するようなマスメディアの報道の仕方も変わらなければならない。そのためには、自殺に関する正しい知識を今後も広めていく必要がある。

もっと直接的な予防対策としては、うつ病の早期発見と適切な治療が重要である。これに取り組んでいる企業は増えてきているが、まだまだ十分とは言えない。うつ病の発症を個人の素因や責任のみに帰する考え方は間違いである。企業は、労災の対象疾患になっているからという消極的な理由だけではなく、社員の幸福のためにという積極的な理由を掲げて、職場のメンタルヘルス対策に取り組む姿勢が求められる。

うつ病に関する最近の問題は、休職後の職場復帰についてである。うつ病の寛解に関する理解や、波動性の経過や残存症状に関する理解が甚だ不足しており、職場も患者当人も苦しんでいるという現状がある。うつ病の早期発見に関する啓発活動に加え、職場復帰に関する啓発も絶対に必要である。同時に、休職中の患者に対する職場復帰訓練の場が不可欠なのだが、これもまた甚だしく不足している。「うつ病対策」という言葉を数年前からよく耳にするようになったが、やるべきことはまだまだ山積しているのである。

参考文献
張 賢徳:人はなぜ自殺するのか─心理学的剖検調査から見えてくるもの.勉誠出版、東京、2006.
警察庁生活安全局:平成18年中における自殺の概要資料.2007.

1.はじめに─なぜ自殺予防が必要なのか?
2.勤労者の自殺の実態─社会経済的な側面
3.勤労者の自殺の実態─精神医学的側面
4.おわりに─自殺予防対策について

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