ご挨拶日本精神衛生会とはご入会のご案内資料室本会の主な刊行物リンク集行事予定

No.4 こころの健康を考えた人間関係のコツ

慶應義塾大学保健管理センター 大野 裕
イラスト 田久保 純子


ラインによるケアと人間関係

悩んでいるときには思い切ってまわりの人に相談することで道が開ける可能性があるが、それが可能になるのは、相談を受けた人が適切な対応ができた場合だ。だからといって、まわりの人たちが、何か特別な対応をしなくてはならないということではない。いままでどおりに自然に接して、落ち込んでいるときには無理に励ましたり、大きな決断を促したりしないようにするだけでもずいぶん状況は変わってくる。

私たちは人から相談を受けると、何かきちんとした助言をしなくてはならないと考えてしまいがちである。その人のことを思う気持ちが強ければ強いほど、自分の考えを言いすぎてしまう。そうしたときにはまず、相談している人の話に耳を傾け、そのつらい気持ちに共感することが大事になる。もっとも、共感するといっても、実際はそんなに簡単にできるものではない。人にはそれぞれ、立場や考え方、感じ方に違いがある。仕事仲間であっても、家族であっても、わからないことはいくらでも出てくる。

いくら親しい人でも、気づかないうちに気持ちがすれ違っていたということはよく体験する。むしろ、親しい間柄であればあるほど、「わかっているはずだ」「わかっていなくてはならない」と心の中で決めつけて、「わからない」ということを受け入れることが難しくなる。

そうした決めつけを避けるためには、まず、相談している人の話をじゅうぶんに聴くようにする。「わからない」ことは素直に尋ねるようにする。相手の人の気持ちや考えについて勘違いしていたときには率直に謝って、その人の気持ちをもっと詳しく話してもらうようにする。そのようにしながら、少しずつ自分が感じたことや考えたことを伝えていくようにする。

そのときに、悩みを打ち明けている人の話を否定しすぎないように注意することも大切だ。悩んでいるときには、どうしても否定的すぎる考え方になっていることが多い。「自分はいい加減でダメな人間だ」「他の人に迷惑をかけてばかりだ」「きちんと仕事ができたためしがない」など、そんなに否定的に考えなくても良いのではないかと思えるほど思いつめていることがある。

そのようなとき、私たちはその話をつい否定したくなる。その人のことを思っていればいるほど、そうした否定的な話を聞くのがつらくなる。それに、その人のことを知っていると、話が極端だとわかって、「そんなことないよ」「ずいぶん頑張っているじゃないか」と忠告したくなる。

こうした言い方をされて、気持ちが楽になる人もたしかにいるが、真意が伝わらなくて、自分の気持ちを否定されたように感じられる場合もある。少なくとも相談している人にとっては、ダメな自分、迷惑をかけている自分、きちんと仕事ができない自分というのが「真実」であり、そのために悩んでいる。思い切って悩みを打ち明けて相談した人に、それが「真実」ではないと言われてしまうと、自分の気持ちや考えが理解されなかったと考える可能性がある。そのようなつまらないことで悩んでいるのかと非難されているように感じるかもしれない。そのような状況になるのを避けるためにも、まずゆっくりとその人の話に耳を傾けることが大切だ。話を聞いているということをわかってもらうために適度にうなずきながら、あまり口を差しはさまないようにして、悩みをじゅうぶんに話してもらうようにする。

そして、「そのように考えているというのは、ずいぶんつらいんですね」とその気持ちに共感し、「でも、本当にそうなんでしょうか。私にはちょっと考えすぎのように思えます」と、具体的な例をあげながら説明して、少しずつ考えを変えていってもらうようにするのである。こうした対応はなかなか難しいが、あまり焦りすぎずに、少しずつこころの内面に目を向けていく余裕を持つと良い。

このようなときには、言葉遣いにも少し気を配った方が良い。うまくいかないという相談を受けたときに、私たちはつい、「どうしてそうなったの」と聞いてしまうことがある。たしかに、問題点をはっきりさせて解決していくことは大切だ。しかし、質問する方は何気なく聞いたつもりでも、相談をした人は戸惑ったり、責められたように感じたりすることもあるだろう。私たちは子どもの頃から、「どうして勉強をしないんだ」「なぜそんな悪さをしたんだ」と注意されてきている。「どうして」「なぜ」という表現はそうした体験を思い起こさせる。

しかも、自分でもはっきりわかっていない理由を聞かれると、きちんと考えていないと責められているように感じやすい。そのようなときには、「そんなに心配になるとつらいだろうね」と共感した上で、「その理由について、何か思い当たることはないだろうか?」と、少していねいに聞いてみるのが良いだろう。

また、私たちは、悩みを打ち明けて相談されると、きちんとした答えを出さないといけないと考えてしまう。まじめな人ほど、「悩みを話してもらったのだから、それに応えられるような良いアドバイスをしないといけない」「悩んでいる人の気持ちが楽になるように、きちんとした答えを出さないといけない」と、考えてしまう。もちろん、そのように相手のことを思いやることは大切だし、そのようにして考え出した答えが役に立つことも多いだろう。

しかし、そんなに簡単に答えを出せるときばかりではない。それだけ難しい問題だからこそ、その人は悩んでいるのだ。それに、同じ問題に直面しても、人によって受け取り方は違うし、人によって解決の仕方が違ってくることもある。その人のことを思って一生懸命に考えたとしても、それには、相談を受けた人の立場や考え方の影響を受ける。そのようなアドバイスは、役に立つこともあれば、直接は役に立たないこともある。

むしろそこで大事になるのは、別の立場から出される意見だ。それには、思いがけない内容のものや、まったく役に立たないように思えるものがあるかもしれない。しかし、別の視点からの意見は、新しい考えを生み出す刺激になる。それをきっかけに、いろいろな考えが浮かんできて、そのなかから新しい解決策が見つかってくることもある。したがって、相談をしている人の悩みをきちんと受けとめ、一緒に考えていくことは大切だが、あまり堅苦しく考えすぎないこともまた大事だ。自分だけで相談に乗りきれないと考えるようなときには、本人の了解を得て他の人の助けを得ることも大切である。

おわりに

はじめに
セルフケアと人間関係:自分の中に閉じこもらない
ラインによるケアと人間関係
おわりに

ご挨拶 | 日本精神衛生会とは | ご入会の案内 | 資料室 | 本会の主な刊行物 | リンク集 | 行事予定