![]() |
|||||||
帝京大学准教授元永拓郎 4.学校のかかわり今回のような大災害は、自然の過酷さ、確かなものがないという不安、科学技術への不信といったさまざまな課題を、私たちに投げかけた。一言で言うならば、私たち日本人が確かだと信じていたものが崩れ去ったという感覚かもしれない。 しかし一方で私たちは、災害にさらされていた子どもたちが、避難所で屈託なく遊び、新学期に元気に学校に登校する姿を見て、大いに励まされた。やはり子どもの笑顔は希望であり、困難を乗り越え次の世代に何かを引き継いでほしいという願いそのものである。そしてその子どもたちの抱える苦難に取り組む教員をはじめとした大人たちも、私たちの宝である。そんな当たり前のことを再認識させられたのが、今回の災害であった。 だから、災害特有の配慮やかかわり方はもちろんあるが、困難をかかえた子どもへのかかわりという意味では、災害があろうとなかろうと、かわらず丁寧に子どもに接し、子どもの成長の可能性を信じる大人の姿勢が重要なのだと思う。そして災害という圧倒される体験を通して、子どもが何かを感じ次の世代を生きる何かをつかみとることを願いつつ、大人や学校は子どもと向き合っていきたい。 ただ、子どもを支援する教員や大人も災害にさらされている点には気をつけたい。激しく被災した大人はもちろん、あまり被害がなかった教員や大人も、がんばり過ぎて燃え尽きてしまうことがないよう注意が必要である。被害の少なかった自分はもっとがんばるべきだという気持ちから、疲れていることを受け入れず、教員や支援者は限界を超えてがんばりがちである。被災直後の高揚感が何ヶ月も持続し、ある時期に突然精神的に力尽きることもあり得る。 このような支援者側のメンタルヘルス(元永,2007)を保つための原則は、支援中に感じたことや方針などをチームで共有し、支援をチームで行うことである。ここでいうチームとは、一緒に動いている仲間や周囲の大人たちである。ひとりで抱え込まず、同じく子どもたちにかかわる大人たちと良好な関係を作り、活動することが好ましい。これは、子どもへのかかわりで前述した安心感の確保や孤立させないといった原則が、大人にもそのままあてはまることを示している。 ところで、災害への備えのみならず、海とどの距離に住まいや町を作るべきかについて、大人たちのみならず子どもたちは真剣に考え続けなくてはならない。原子力技術を社会の中で認めていくのかという難題にも、子どもたちは世代を超えて向き合わなくてはならない。そして、今回の災害が私たちに突きつけたこのような難題を考えていく力を、子どもたちに身につけてもらう場を作る責任を、学校は負っていると思う。 つまり学校は、災害による心の傷つきへの支援のみならず、災害から何を学び成長していくのかに対する支援も行う必要もある。そして後者のような支援は、とても時間がかかりかつ難しいものである。災害の爪痕の残る被災地においては、そのようなことを語ること自体もはばかられることであろう。しかし、子どもたちは災害に打ちひしがれながらも、日々の生活少しずつ戻り、新しいことを学び、将来の夢を日々育んでいる。その力を私たちは信じたい。そして、そのような子どもたちの姿から、大人自身が、災害から何を学べるのかを教えてもらえるのかもしれない。 1.災害にさらされるとは |
|||||||
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |