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太刀川 弘和 Hirokazu Tachikawa 2.コロナ禍で生じたメンタルヘルスの諸問題コロナ禍は、新型ウイルス感染症が目に見えず、かかると死の危険があり、感染対策の徹底が必要で、終息時期がみえず、感染リスクが高い人がいたことから、広範かつ深刻なメンタルヘルスの問題を世界にもたらした。大別すればそれは、1)感染に直接関連する問題、2)感染対策に関連する問題、3)感染拡大(疫病災害)に関連する問題、として生じたといえよう。 まず、1)感染に直接関連する問題として、感染者はパンデミックの後半に至るまで、有効な治療がなく、絶望や不安の中で隔離されねばならならなかった。また、治療後も脳神経系を含む後遺症が残る場合があった。筆者らは、2020年2月、災害派遣精神医療チーム(DPAT)としてダイヤモンド・プリンセス号に乗船したが、その際船客は隔離され、感染に関わる危機的環境にあった。船室では電話は通じないがテレビはみることができたため、連日ワイドショーで報じられる感染者数増加の情報に不安を強くあおられていた。感染防護服を着て船室に往診にいけば、誰もが感染不安、パニック、不眠、抑うつ、怒り、自殺念慮など多数の精神症状を訴えた2)。 その後同様の状況が、感染拡大に伴って全国に広がった。同年8月から9月にかけて筆者らがウェブ上で実施した「コロナ関連メンタルヘルス全国調査」3)では、新型コロナウイルスに関連してストレスを感じる人は8割にのぼった。調査参加者の6割以上の人に感染恐怖や不安が、2割以上の人に抑うつやトラウマティックストレスが認められた。特に女性、高齢、無職、精神疾患の既往、感染リスクがある人、自粛で仕事や学校に支障が生じた人など、災害で言えば災害弱者とされる人々の精神症状悪化が深刻であった。 次に、2)感染対策に関連する問題として、緊急事態宣言とその後の行動自粛は、幅広い業種の経済・雇用危機を生んだ。第1回緊急事態宣言直後に、飲食店や旅館業など大きな影響を受けた業種で多数の非正規雇用者が失職し、その割合は女性が男性の2倍、推計74万人にのぼった4)。自粛期間中、男性はリモートワークなどで社会的役割の軽減がみられたのに対し、女性は家事・育児の役割増加、DV、家庭問題への直面などでストレスが増加した。コロナ禍は、特に女性において、対処困難なストレッサーをもたらした。 さらに感染対策は、外出や運動・娯楽などのストレスコーピングも自粛で制限し、マスク着用、リモートワーク、ソーシャルディスタンスによって他者からのソーシャルサポートも困難にし、孤立を強制した結果、大学生をはじめ多くの人々のメンタルヘルスを悪化させ、自殺リスクを高めた。いのちの電話などの相談窓口や保健師等による訪問サポート活動、精神医療などのメンタルヘルスサービスは、感染対策によってその役割を大きく制限され、十分な対応ができなくなった。同年連続した有名人の自殺は、インターネットで自殺手段を含めて詳細情報が拡散し、2020年の自殺者数は11年ぶりに750人(3.7%)増加し、2万919人となった5)。性別では、男性の微減に対し、女性は6,976人と885人(14.5%)も増加した。小中高生の自殺者数も、過去最多となった。 最後に、3)感染拡大(疫病災害)に関連する問題として、繰り返す感染拡大の中で生じた社会現象もメンタルヘルスの問題に帰結した。周囲が感染したのではないかという不安から、他者に対する差別が生じた。特にパンデミック初期には感染者と家族に対する偏見、デマ、差別がSNS上で頻発する「インフォデミック」が発生し、入院している病院や医療従事者に対しても誹謗中傷が殺到した。「感染した人は自業自得だ」「感染予防のために皆外出は自粛するべきだ」といい、自粛警察と呼ばれる社会的制裁の新造語まで現れた。社会的に望ましい行動規範が明確でないなかで生じた膨大なデマ情報や風評は、容易に差別や偏見を強め、対象者のメンタルヘルスを悪化させた。 医療従事者にも深刻なメンタルヘルスの問題が生じた。パンデミック時の国際レビューでは、医療者の26%に抑うつ、29%に不安、38%に不眠、21%にトラウマティックストレス、34%に燃え尽きが生じた。COVID-19に対応する医療従事者のストレス調査6)からは、「自分や家族が感染するかもしれないのに、働かなければならない」、「現場が自分たちの意見や窮状をあげているのに、上司にわかってもらえない」、などの訴えがきかれた。組織の結論に強制的に従った行動のストレスが個人のモラルを傷つけるモラル傷害や燃えつきが、COVID-19の医療従事者のメンタルヘルス問題として世界的に話題となった。COVID-19は病院を被災地とする災害であったといえる。
1.はじめに |
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