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京都大学大学院教育学研究科教授 山中康裕 6.歌の連なり
たとえば季節が春なら、”春のうららの隅田川〜や”春の小川はさらさらいくよ〜”春高楼の花の宴〜など、いくつかの歌がすぐに思い浮かぶでしょう。これらを歌い、かつそのあとで、例えば「花」であれば、滝廉太郎にまつわる話を添えたり、隅田川や、銀閣寺ほとりの疎水の桜、つまり「哲学の道」の桜について語ったり、あるいは「春の小川」であれば、岸のスミレやレンゲの花の話や、そもそも小川が消えてなくなってしまったことなどを話すのです。あるいは、先週出掛けた鴨川の堤の桜や、祇園の二代目の枝垂れの藤衛門桜のこと、都をどりの話などなど、いくた取り混ぜて、歌を印象づけるのです。 この種の配慮で、だんだんと気合が入ってくると、いよいよ彼らは、「カイロス」の時に差しかかります。先日もある民謡を歌っていたら、突然、沖縄出身の老女が、「たんちゃめ」を歌い出され、同時に指づかいも見事に、期せずして琉球踊りを披露されたのでした。”たんちゃめぇぬはーまぁに、スルルグゎぬ、ゆいてィティンドーヘイ〜”でぃーあんぐゎー ソイソイ、ディヒャアングヮ ヤクシク〜なかなか難しい歌詞なのですが、やはり、昔取った杵柄なのでしょう、いともスムーズに、口をついて出てきますし、先にも触れましたように、それを踊られる手つきの、実に軽快なことといったらありません。この時ばかりは、彼女が90を越す老女であることなど、だれも意識のそとに出ているのでした。 ついで、「第2コーナー」は、彼ら参加者の独壇場となります。毎週続けているうちに、いつの間にか、その順番も謳われる歌も決まってきます。もちろん、風邪をひかれたり、体調をくずされたりで、休まれる方があることもあり、その際は、その人の番をスキップせざるを得ませんが…。まず、Oさんの「さざんかの宿」で始まり、ついで、Aさん(女性)の「祝い船」、そして、Hさんの「憧れのハワイ航路」、ついで、Nさん以下3人の女性で合唱の「船頭小唄」、そして、仕上げは、Yさんの「星影のワルツ」で終ります。 最後の「第3コーナー」は、再び私にお鉢がまわってきます。これは歌謡曲のリクエスト・コーナーです。しかし、リクエストといっても、若い人らと違って、曲名がさっとリクエストされる訳ではありません。時には好きな歌手の名であったり、壁に貼ってある歌詞を指さしたり、「先生におまかせ」と言われたり、多種多様です。たいてい、美空ひばりや三橋三智也、島倉千代子や村田秀雄、都はるみや三浦浩一などの歌を歌ったりします。 ”ひーとりぃ酒場でぇ飲ーむぅ酒はァ、別れぇ涙のォ味がすーるぅ〜。かくて、この日も終わりを迎えるのでした。 このように高齢者の孤立を防いだり、こころの内的時間(こころの燃える時)の再生のためには歌や踊りやイメージ連句がかなり大きな働きをすることが多くあります。
1.高齢者において残されている能力 |
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